「シイナ、朔、おはよ」

「千種。おはよう」

ごめんねの嵐が収まるのを待っていたのか。
登校してきたちーちゃんが教室に入ってきた。

ちぐさ…って言った?
朔、って呼び捨てにした?

私はちーちゃんに「おはよう」を返せないまま固まってしまった。

「シイナ?どうしたの?」

「…えっ、あー…ううん!別に」

「別にって顔じゃないでしょー?何?」

「いや、あの、今さ、朔がちーちゃんのこと”千種“って呼び捨てにしたかなって…ちーちゃんも…」

「え?あー、そうだね。ごめんね、いきなりで驚いたよね?”朔くん“っていつまでもよそよそしいからさ、朔でいいよって言ってくれて。ね?」

「ああ。俺も今まで名字で呼び捨てだったからさ。シイナの親友なのにちょっと距離感じるだろ」

二人は笑っている。
私は笑えなかった。

女子のほとんどは朔を呼び捨てでは呼ばない。

朔も、呼び捨てにしてる名前は私くらいだ。

特別が無くなった気がした。

名前くらいで嫉妬するなんておかしいかもしれない。

でも自信の無い私にとって、その呼び方が彼女である特権のような気がしていたのに。

「シイナ…?やっぱりまだ体調…」

「全然平気!」

「え?」

「ごめん、今日って宿題あったんだよね?昨日委員長達が教えてくれたんだ。私、まだやってないから急いでやっちゃわないと」

「それなら私がノート…」

ノート見せるよってちーちゃんは言おうとしたんだと思う。

でもちっぽけな嫉妬で拗ねてるなんてバレたくなくて、私はさっさと自分の席に着いてしまった。

朔達のほうは振り向けなかった。

数学の宿題なら本当は夜のうちに終わらせていた。

それに数学は五時間目だからそんなに急がなくても大丈夫なのに。