救急隊員に運ばれていく朔の姿が、瞼を閉じてもはっきりと焼き付いて、鮮明に思い出せる。
ちーちゃんによく似た真っ赤な血も、生ぬるい感触も。

薬を吸引してしまった私と渚先輩も十日間、検査入院をした。

SNSやニュースでは女子高生の異常愛がお祭り騒ぎで連日話題になっていた。
病室の硬いベッドの上。
垂れ流すテレビの中で、バイト先のカフェの前や、私達の通う学校の前で、顔にモザイクをかけられて私達四人を語る人達の誰にもピンと来なかった。

「ママ、ごめんね」

入院中、毎日様子を見に来てくれたママはいつも青白い顔をしていた。
泣き腫らした目を、隠せるはずないのに、必死に笑顔で隠そうとした。

「シイナが生きているだけで十分。たったそれだけがママとパパの幸せだって改めてよく分かったわ」

「こんな娘なら居ないほうラクなんじゃない?」

「冗談でも言わないで。私達はどんな時でもシイナの幸せと平穏を願ってる。シイナはこれから何度だってやり直せる。あなたはなんにも悪くない。本当に生きててくれてありがとう」

「ママ…ごめんなさい。これから大変だよね。学校のこと、バイトのこと、事件のことも…ちーちゃんにもいつか…」

「会いたい?」

「きっと裁判とかあるんだよね。難しくて正直あんまり分かんないんだけど…サスペンスドラマみたいな?いつか…落ち着いたらその…面会とかできるかな」

「そうね。いつか、ね、その為にもこれからシイナに待ってることを、一緒に闘おうね」

「…うん」

朔の鎖骨の下辺りに刺さったハサミは、私が感じた感触よりもそんなに深くは無かった。
私が朔を傷つけたことは、朔の父親からの申し出によって、示談になった。

どんな償いでもすると私達家族は朔のお父さんや弁護士さんに話したけれど、原因はちーちゃん…″娘と息子にある″と、逆に私の入院費や治療費を申し入れられた。
渚先輩への保障も全て、朔のお父さんが受け持った。

入院中、事件の詳細を調査する為に、警察の人が何度か病室にやって来た。
担当のお姉さんは何故かいつも自分のことみたいに目を潤ませて、「こんな時にごめんね」と、何度も私に謝った。

ドラマで事件に関わった人の病室に刑事さんが訪れるシーンがあるけれど、「なんでしんどい時に」って思っていたけれど、実際にあるんだなんて、他人事みたいに思った。

「退院後、もう少し話を聞くことになるかもしれないけど…今、千種さんに対して思うことって、率直に何かな…?」

お姉さんが聞き逃すまいと私に耳を傾けて、小さいメモ帳にペンを走らせる。
入院している間に世の中は慌ただしく年末を迎えて、人生で初めて病室で新年を迎えた。
おめでたいことなんて一つも無かった。
脳裏にずっと残る、紅白っぽい物なんて、朔の血の色くらいだ。