祝石細工師リーディエの新婚生活


 
 影樹を生やすなんて、下手をすればたくさんの犠牲者が出ているようなことだ。
 そうまでして、ルビアナお養母様は旦那様に会おうとしていたというの?
 どうしてそこまで……。
 
「手っ取り早く主犯確保といきますか。最後の宝杖を持っているのは、彼女だろう。リーディエ」
「……行くんですか」
「倒した魔物の魔石から魔力全部抜いて、君にあげる。だから安心して杖の封印手伝ってね」
「あのー……よく考えるとソラウ様は祝石(ルーナ)細工師としても優秀でいらっしゃいますよね? 私いらないんじゃ……」
「ハァーーー? 光の神の宝具の細工は聖女にしかできないんだけどー?」
「あ、そ、そうなんですねー」
 
 そうなのかぁ。
 それじゃあ私も行くしかないのかぁ。
 実家にいた頃からお養母様のことはあんまりお会いしなくても苦手意識が強かったから、会うのがちょっと怖い。
 けれどソラウ様が差し出した手を拒む方が無理。
 その手を乗せると、にんまりと微笑まれる。
 ああ、悔しい。可愛い。
 どうあがいても私はソラウ様の笑顔に弱いんだ。
 
「ちゃんと守ってあげるから安心していーよー」
「それは疑っておりません」
 
 ソラウ様のホワイトドラゴンに再び乗せていただき、シエレラの森ではなくソラウ様のお屋敷に寄って未浄化の魔石をごっそり持ってきた。
 ドラゴンの背中で魔石の魔力を取り込み、ただの石ころに変えつつ次に向かったのは旦那様のお屋敷だ。
 特になんの変哲もない、いつものお屋敷――の、はずなのに、なんだかものすごく……違和感?
 変な空気というか、いつもの穏やかな感じではなくピリピリとしている。
 ソラウ様のドラゴンはお屋敷からも見えているはずなのに、お出迎えもない。
 執事であるアスコさんがソラウ様に気づかないなんてことは、絶対ないはずなのに。
 ドラゴンから抱えて降ろされて、手を繋いで魔力を供給してもらいながらソラウ様とともに屋敷の扉を開けた。
 やはり、なんとなくピリピリとした空気を感じる。
 困惑する私をよそに、ソラウ様の足取りは一切の躊躇がない。
 スタスタと屋敷の中に入って食堂に入る。
 
「父さんいるー?」
 
 非常にいつも通りのソラウ様の挨拶に、ギョッとしてしまう。
 そんな軽いノリで入っていいの?
 ソラウ様の肩越しに食堂を見ると、テーブルに横たえられ上着を脱がされている旦那様と旦那様に跨る一人の黒髪の女。
 ギョッとしてしまった。
 だって、その黒髪青目の女性には見覚えがあったから。
 けれど、決定的に違う。
 
「え? お、お、お、お養母様……? でも、え?」
 
 ゆっくりとこちらに顔を向けたお養母様。
 最後にお会いしたのはいつだったか。
 それでも、四十代に見えない美貌を持っている方だった。
 しかし目の前のお養母様は明確に私と同い年くらいに幼い顔立ち。
 化粧のせいで二十代半ばほどに見えるけれど、胸元や肩、露出した腕は張りがあり、顔立ちもシャープ。
 ふっくらとした唇と強い眼光は私を睨みつけるように見つめる。
 そう、この目。
 私はいつもお養母様にこうして睨まれる。
 だから怖くて、苦手だった。
 
「若返りにリーディエの魔力を使ったのか」
 
 ソラウ様が見下すように言うと、お養母様は垂れた髪を後ろへ流す。
 妖艶な笑みを浮かべて「そうよ」と肯定した。
 
「セエラに渡した宝冠に、魔法を仕込んでいたの。なんとかするためには聖女、または聖人の魔力が大量に使用されるように。できることならあなたの魔力の方がよかったんだけれど、どうしても量がほしかったからリーディエのモノになってしまったみたいね。ちょうどなにか、聖魔力を大量に使う場面があったのでしょう。危険が近づくと聖女はなりふり構わず目の前の人間を守ろうとするもの。やはりどうしても、生まれながらの聖女……なのね」
 
 私から目を逸らし、組み敷いた旦那様へと視線を落とす。
 そういえばなんで旦那様の屋敷にお養母様が?
 身を起こそうとした旦那様を、またお養母様の手がテーブルに押しつける。
 
「ねー、実子の前で年老いた父親に無体を働こうってちょっとどうかと思うんだけどぉ?」
 
 無体!?
 無体というとつまり、いかがわしいこと!?
 お養母様が、旦那様に!? えええええ!?
 
「うるさいわね。わたしはこの人と添い遂げたくて里を捨てたのよ。それなのに、ちっとも上手くいかなかった。いつの間にか十八年も経ってしまって……。里との時間感覚が違いすぎてて、あなたがこんなに老いていたことにも気づかずのんびりしてしまったわ」
「む、むぅ……ルビアナ……私は――」
「存じ上げておりますわ、ジャスティ様。ソラン様でしょう? あなた様の第三夫人。あの方を最後の妻になさると宣言されて、リーディエのことも最初はお断りなさったんですって? 夫から聞いておりますとも。けれど、わたしはずっとあなたに……一目見た時からずっとあなたがほしかった。あなた以外なにもいらないと、すべてを捨ててここまできたのです。あなたがこの国のどんなお立場の方だったのかさえ知らなかった小娘が、ここまで来るのにどんな目に遭ってきたのか……あなたにおわかり? 全部全部、あなたのためでしたのよ」
 
 ゾッとするほど、澄んだ声。
 静まり返った食堂に、お養母様の声だけが静かに、透き通るように、響いた。
 そこまで言ったお養母様の瞳からはポロ、と涙が溢れる。
 
「あなたに会いたくて……わたしは――ここまでしたのです。あなたを愛していたから。どうしても、どうしても……会いたくて……会いたくて……」