「で、できません……。契約魔法は相手の命を縛るための魔法ですよ。旦那様に使うことなんてできません」

 エドの命をわたしが握るなんて、と恐ろしい想像をしてしまい身が震える。

 なぜ、このような提案をしてきたのかわからない。
 そもそもエドは冗談を言うような人ではないから本気なのだろう。
 現に今も、真剣な眼差しでわたしを見据えている。

 だからなおさら、彼の本心が掴めずにいる。

「そう、契約魔法は相手の命を縛る魔法。――それだけではありません。相手の魂と運命も手中に収められる特異な魔法です」

 美しい青い瞳が翳る。
 深く昏く、底の無い闇の中に、どこまでも落ちていくような感覚に襲われた。

「この魔法はエスタシオンの二代前の国王によって禁忌の魔法とされました。それにはいきさつがあったのです」

 エドは穏やかな声で、まるでおとぎ話を聞かすかのように話してくれる。

「契約魔法が魂と運命を縛ることについてはダレン・ウェインライトが遺した論文に書かれていましたが、当時の国王たちはその真偽を確かめる術がありませんでした」

 しかし百年前に起きた事件によりその危険性が証明されてしまう。
 それは、とある貴族と平民の身に起きた事だった。

「貴族家に使用人として仕えることになった平民が当主と顔を合わせた時、彼らは前世の記憶を思い出しました。平民は前世で国王だった者で、当主は彼に仕えていた騎士だったのです」

 彼らは契約魔法で繋がっており、目が合った瞬間に魔法が発動されたそうだ。

「ダレン・ウェインライトによれば、契約魔法に運命が繋げらた二人の瞳には金色の環が現れるそうです。国王は当主と平民の瞳の中に金色の環ができているのを認め、以降はこの魔法を禁忌としました」

 エドはわたしの手を持ち上げ、甲に唇を寄せた。
 誓いを込めたような切実な口づけ。
 その美しさに魅せられて、息をするのも忘れて見つめてしまう。

「フィー、あなたを愛しています」
「……っ!」

 はらはらと、温かい涙が頬を伝うのを感じた。

「わたしも、旦那様を――エドを愛しています」
「……」
 
 ずっと望んでいた言葉だ。
 最愛の人から聞かせてもらうことを夢に見ていた。

 だけどここに来てからのわたしはエドの侍従であり、彼との恋は実らないものだと覚悟していた。
 おまけにエドは大魔導士シンシアに恋焦がれているような一面を見せていたため、わたしに恋人のような愛をくれることはないだろうと思っていたのだ。

「エスタシオンの支援を受けてイヴェールから逃げて以来、離れている間もあなたのことをずっと想っていました」

 イヴェールの貴族に奴隷として贈られそうになった時、エドたちを搬送している一行に奇襲をかけて奪ったのは、賊に変装したエスタシオンの騎士たちだった。

 エスタシオンはリエータと同盟を結んでいた国で、リエータ王との生前の約束を果たすために、捕虜となったリエータの民たちを救い出したらしい。

「あなたと離れたくありません。死さえもあなたを私から引き離そうとするのなら抗うつもりです」

 目元や頬にエドの唇が触れる。
 壊れ物に触れるように、愛おしい人に触れるように。

 柔らかな熱を受け止め目を閉じると、唇に触れ合った。

「本当は早くあなたにこの想いを伝えたかったのですが、あなたに契約魔法で使役した私のことを許してくれないのではないかと不安に駆られていました」

 弱ったような表情を見せられると、どうしようもなく胸が甘く軋む。
 不安にならないでほしい。
 わたしはこの世でエドだけを愛しているのだから。

 背伸びをして、わたしからエドの唇に口付けした。

「むしろ私は、この魔法がエドとの繋がりであるのが嬉しいです。だけどわたしがこの魔法をエドにかけた時、もし失敗してエドの命が脅かされるのではと思うと不安でなりません」
「大丈夫ですよ。あなたはすぐに魔法を使いこなせるようになります」

 どこか確信めいた調子のエドの言葉に安心させられた。

「フィー、いっぱい泣いて疲れたでしょう? 隣の部屋でお茶にしませんか?」

 隣の部屋に行くと、テーブルの上に紅茶やお菓子が置いてある。
 ドリスさんが用意してくれていたらしい。

 エドは私を長椅子に座らせ、その隣に腰かける。
 わたしと自分のティーカップに紅茶を注いでくれた。

「フィーは砂糖をいくつ入れますか?」
「一つお願いします」

 わたしのティーカップに角砂糖を一つ入れる。
 そして、自分のティーカップにも一つ……。

(……どうしてかしら?)

 ――ただそれだけの動作に、違和感と焦燥を覚える。

 得体のしれない違和感。
 何故、とエドに問いかけたくなる衝動。

 おかしい。
 何かが違う。
 だから、エドのことが心配になる。彼がいつもと違うから、何かあったのではないかと不安になるのだ。

 いつもの彼なら、――。

「砂糖は、一つだけでいいの?」

 発した言葉が、自分のものではないように思えた。はっとして口元を押さえると、振り向いたエドの青い瞳と視線が絡み合う。

「ああ、やっと……」

 エドは小さく笑った。
 わたしの知らない表情で。
 まるで企み事が成功したのを喜ぶかのような、昏い眼差しで。

「あなたが気付いてくれることを、ずっと待っていました」

 手に持っていた小匙を落としてしまい、机の上でカシャンと音を立てる。
 エドはその音を気にも留めず、わたしから視線を外さない。

 捕らえるように、逃さないように、ただまっすぐに見つめてくる。

「きっと、繋がりつつあるんですね」

 感嘆の溜息を漏らしつつ、そう呟いた。