〇天王寺学園高等部3年B組の教室(昼休み)
机の上にかの子は購買で買ったおにぎりを、琴莉は太陽が作ったお弁当を広げて食べている。
そこへクラスの男子が数人やってきて、琴莉に話しかけてきた。
男子1「なぁなぁ、A組に転入してきた兵頭さん、佐藤さんちで同居してるって本当?」
琴莉「モ、モアナちゃんなら確かにうちで一緒に住んでるけど……」
男子1「マジで? 遊び行きて―!」
男子2「お前なんかが遊びに行ってもあんな美人から相手にしてもらえるわけないだろ」
――お父さんが海外へ出発し、入れ違いで家にやって来た兵頭モアナちゃん。
お兄ちゃんと同じクラスに転入して一週間、その美貌ですでに学校のマドンナ的な存在になっていた――
男子1「そうだよなぁ、あの佐藤太陽と毎日一緒に過ごしてるわけだから比べられそ……」
男子3「ぅわ、それってなんかやらしくね? 高校生の男と女がひとつ屋根の下で暮らしてたら何かあるよな」
男子2「風呂でラッキースケベ的な?」
男子1「俺、兵頭さんが風呂入ってること考えただけでドキドキし過ぎて死ぬわ」
男子3「あんな可愛い子がそばにいたら誰だって理性保てねぇんじゃねぇの?」
男子たちは勝手に盛り上がっている。
かの子「もー、あんたたち、くだらないこと喋ってるなら向こう行ってよね」
男子2「おお、わりぃわりぃ」
男子1「佐藤さん、ごめんねー」
「まったく、もう」とかの子はぷんすかしている。
琴莉は少し浮かない表情。
琴莉(なんか、胸のあたりがモヤモヤする……)
突然廊下の方で、キャーッと歓声が上がった。
琴莉が視線を廊下の方へ向けると、教室の入り口から太陽とモアナが入ってくるところだった。
モアナが一緒にいるため、女子だけでなく男子も熱い視線をふたりに向けている。
太陽はまっすぐ琴莉とかの子の方へやって来た。
太陽「琴莉、今日は委員会が無いから一緒に帰ろう、教室で待ってて」
琴莉「うん、わかった」
モアナ「太陽、昼休み中に校内を案内してくれる約束でしょ、早く行こ」
太陽の腕にモアナが手を添えたのを見て、琴莉の胸がツキンと痛む。
「もう少し待ってて」と言いながら太陽はさりげなくモアナの手をどかした。
太陽「深川さん、これ礼拝堂の大規模改修の件で今後のスケジュールの写し。次の委員会までに目を通しておいて」
かの子「ん、わかった」
太陽「それじゃ琴莉、また放課後に」
かの子へ資料を渡し、太陽とモアナが教室を出て行く。
ふたりが出て行った後も、教室内はしばらくザワザワしていた。
女子生徒1「美男美女でお似合いだねー」
女子生徒2「すっごい絵になる」
女子生徒3「もしかして付き合ってたりするのかなぁ」
琴莉(私よりモアナちゃんの方が、お兄ちゃんとお似合いだよね……)
〇 佐藤家二階、太陽の部屋(夜)
コンコン、とドアをノックする音に太陽が気が付く。
太陽「誰?」
琴莉「琴莉、入っても大丈夫?」
太陽「いいよ」
ドアを開け、おずおずと室内を覗き込む琴莉。
太陽の部屋は一見シンプルなのに何気なく置かれている小物がオシャレだったり、さし色に鮮やかなブルーがセンス良く使われていて、まるでインテリア雑誌に載っていそうな感じの部屋。
太陽はベッドに浅く腰かけて本を読んでいたようだが、顔を上げて琴莉の方を見ている。
太陽「どうした?」
琴莉「お兄ちゃん、今モアナちゃんがお風呂入ってるから、出たら次入って」
太陽「わかった。琴莉は、もう風呂入った?」
琴莉「うん、もう入った」
モジモジして琴莉が考え込んでいる様子に、太陽が気付く。
太陽「琴莉、どうした?」
琴莉「お兄ちゃんに、ちょっと聞いてみたい事があって……。いま時間、大丈夫?」
太陽「ん、大丈夫だよ。こっちおいで」
太陽は自分が座っている隣をポンポンと軽く叩いた。
琴莉は太陽が座っているベッドまで歩いていき、隣にチョコンと座る。
お風呂上がりのため、琴莉は半袖長ズボンでシンプルなデザインのパジャマ姿。
太陽「それで、聞きたい事って何?」
琴莉「ぇっと……」
太陽「言いにくい事かな? ゆっくりでいいよ」
手を伸ばした太陽が、優しく琴莉の頭を撫でる。
琴莉の頭に昼間、「俺、兵頭さんが風呂入ってること考えただけでドキドキし過ぎて死ぬわ」と言った男子のセリフが頭に浮かんできた。
琴莉「……お兄ちゃんも、可愛い子と一緒に暮らして、ドキドキしたりするの?」
太陽が少しだけ目を見開いた。
太陽「そりゃぁ、するよ。俺も男だからね」
琴莉「そうなんだ……」
太陽「すごくつらいくらい、ドキドキしてる」
琴莉(やっぱりお兄ちゃんも、モアナちゃんにドキドキするんだ……なんか、やだな)
琴莉の脳内に、キャミソールに半袖パーカーを重ね下は裾が女の子らしくヒラヒラしているショートパンツを穿いているモアナの姿が浮かんでいる。
琴莉(モアナちゃん、湯上りの部屋着がすごく可愛いんだよね……)
太陽「可愛いね、琴莉」
琴莉「……ぇ?」
聞こえたけれど、自分に向けられた言葉だと思えず、琴莉はキョトンとしている。
太陽「可愛いすぎ」
愛おしそうに琴莉を見つめる太陽。
琴莉(ぇ、わ、私に言ってる!?)
太陽「こんなに可愛い子と結婚できて嬉しいよ」
琴莉(ぉ、お兄ちゃんの可愛いの基準、他の人と違い過ぎるよっ)
動揺していたが、再び太陽に頭を撫でられながら「可愛い」と言われ、琴莉はピンと閃いた。
琴莉「ぁ、そっか。お兄ちゃんが私に言う可愛いは、小動物に向ける可愛いと同じ感じ?」
ピタ、と琴莉の頭を撫でていた太陽の手が止まる。
でもすぐに、ニコ、と太陽が微笑んだ。
太陽「小動物か、そうかもしれないね」
琴莉「そっかそっか、それなら納得……ぇ」
ぽすッと太陽が琴莉の身体をベッドへ押し倒した。
太陽「可愛い小動物は単独行動をしちゃダメだよ、悪いオオカミに襲われてしまうから」
琴莉「ぉ、おに、ちゃん!?」
太陽「今はお兄ちゃんじゃなくて、悪いオオカミです」
ニコ、と太陽は蠱惑的な笑みを浮かべた。