昴が目に見えてショックを受けているのが分かった。開きっぱなしのアタッシュケースはそのままに、さめざめと顔を手で覆ってしまう。

 大変気まずい空気に文乃が身動きを取れずにいると、昴が意外としっかりとした声音で尋ねてきた。

「理由を伺っても?」
「あ、その……い、言ったほうが良いですか」
「今後に活かしたいので」

 今後とは。
 文乃は躊躇いつつも、正直に話しておくことにした。

「私、男性と上手くお付き合いできなくて。最初は良くても毎回浮気されるから、何ていうか……」

 ちら、と話しながら昴を窺う。彼は顔を覆ったまま動かない。

「また裏切られるのかなとか、考えるの、嫌で。……なので、すみません。お気持ちは嬉し」
「そういうことでしたら引き下がる必要はなさそうです」
「へ」

 ガチャン、とケースを勢いよく閉じた昴が、意志の強さを感じさせる眼差しで文乃を射抜く。

 澄み切ったアンバーの瞳に不覚にも胸が音を立てたなら、彼の静かな、それでいて情熱を宿した声が文乃の耳に触れた。


「私は高良さんが良い。高良さんでなくてはいけない。別の女性に移り気を起こすなど有り得ないと、今ここで断言しておきましょう」


 文乃はまばたきを繰り返して硬直することしかできない。

 今までの人生で、男性からこんなことを言われたのは初めてだった。どう返せばよいのかとしどろもどろになっている内に、昴が一足先に立ち上がってしまう。

「暗くなってきたので、今日はこの辺で。ご自宅まで送ります」
「え!? だ、大丈夫です、すぐ近くなのでそんな」
「いえ、いきなり道端で大金を見せつけて交際を迫る不審者相手に時間を割いてくださったのですからこれぐらいは」
「自分でもおかしいと思ってたんですね!?」

 ──その後、何だかんだと押し切られて自宅まで送り届けられ、助けてくれたお礼にと両親に菓子折りまで渡して帰っていった昴を、文乃は呆然と見送ったのだった。