さて、今日は喫茶店に行く約束はしていなかったので、驚かせてしまうだろうか。びっくりする顔も可愛いので見ていたいが、迷惑だったら潔く帰ろう──などと考えながら車を降りると、喫茶店のカウンター席に見知らぬ人影が座っていることに気付いた。

 文乃と同年代であろうその女性は、けらけらと笑いながら昴の愛しい人をからかっているようだ。親しげな様子から、きっと友人だろう。

 文乃は顔を赤くして何やら眉尻を釣り上げているが……全然怖くない。あんなに迫力がなくて大丈夫だろうか。客に攫われたりしないだろうかと、昴は知らずの内に眉を寄せてしまっていた。

 すると。

「昴さんっ?」

 からんころん、と扉が開き、文乃が店の外に飛び出してきた。

 はたと我に返った昴は、文乃の少しばかり紅潮した頬を見て、吸い寄せられるように近付く。

「今日お休みだったんですね。寒いでしょう? どうぞ中に──」
「文乃さん」
「わっ!?」

 嬉しそうに微笑んだ文乃を、がばりと抱き寄せる。途端に小動物のように跳ねた彼女の背中を、ぎゅうと腕の中に閉じ込めた。

 店の扉が閉まる寸前、店主と女性の「ひゅー」という冷やかしの声が聞こえたが、構うことなく頬を寄せる。

「ど、どうしました……?」
「無性に抱きしめたくなって」

 かあ、と文乃の耳に赤が滲む。大きな瞳をうろうろと泳がせた彼女は、細い腕を昴の背中に回してくれた。

「……何か嫌なことありました?」
「いえ、そういうわけでは。文乃さんは?」
「私もないです。……昴さんが来てくれたので今日は良い日だと思います」
「可愛いことを言いますね」

 恥ずかしそうに顔を伏せる文乃のこめかみに口付ければ、さらに縮こまってしまった。それでも昴から離れはしないので、そこに彼女の本心が現れているようで堪らない。

「……昴さん笑ってる」
「はい。今から連れて帰ってはいけませんか」
「へ!? ま、まだ仕事中です!」
「終わったら良いんですね。楽しみです。外は冷えるのでお店に入りましょうか」
「はい、え、いや……!?」

 サクッと言質が取れたことに満足して、昴は上機嫌に喫茶店の扉を開ける。どうぞと中に促せば、文乃ははくはくと口を開閉してから、観念したように頷いた。

「……あの、でしたら前回よりは、手加減してもらえると……」

 その際、ぼそぼそと小さな声で文乃から嘆願された昴は、浮かべた柔和な笑みをぴしりと固まらせ。

「………………善処します」
「とんでもなく長い間が! ちょっ、昴さん……!」

 全く信用できない返答を聞いて慌てふためく文乃に、彼は声を出して笑ったのだった。