喫茶店からの帰り道、文乃はぼんやりとここ最近の日々を思い返していた。

 昴が大金を持って現れた日から、そろそろ二ヶ月が経とうとしている。第一印象があれだったので、文乃は失礼ながら「やっぱりお金持ちって変わった人が多いのか」と少し身構えてしまったのだが、喫茶店で言葉を交わしていくうちにそんな彼女の警戒心は薄れていった。

「……優しいし、紅茶も毎回同じなのに美味しいって絶対言ってくれるし、普通に喋ってるだけなのに何か面白いし」

 人気が無いのを良いことに、文乃はぽつりと呟く。

「良い人、だなぁ」

 そっと、手に持ったお洒落な紙袋を覗き込む。中には今日、昴から貰った紅茶の茶葉が入っている。

 少し前、不意に好きな紅茶は何かと問われ、ディンブラやダージリンなどの渋みのあるものが好きだと答えたら、何と有名店の詰め合わせを贈ってくれたのだ。

 セットの茶菓子はもちろん、可愛らしいティーカップまで──。

『本当は一式で揃えたほうが良いとは思ったのですが……高良さんに重いものを持たせて歩かせるのはどうにも気が進まず』
『私めちゃくちゃ非力だと思われてそうですね……? それはともかく、あの、とても嬉しいです。家ではマグカップで飲んでましたから。ありがとうございます、羽衣石さん』
『……喜んでいただけて良かった。いつか、高良さんと一緒にティータイムを楽しめたら幸せだろうなと思いながら選びました』
『え、あ、ど、どうも』

 昼間のやり取りを思い出し、文乃はそのときと同じように赤面してしまった。

 昴のストレートな物言いは、彼女にとってどれも馴染みのないものだ。無論それを不快に思うわけもないのだが、如何せん反応に困るのは事実で、いつも本人を前にたじたじになってしまう。

「はぁ……何かもう少しこう、余裕のある対応はできないもんかな、私……高校生かよ……」

 だが、今までの人生で異性からあれほど素直に好意を向けられたことなど無いのだから、上手く応じられるわけもあるまい。

 やれ母親みたいだの、家政婦みたいだの、散々な扱われ様だったわけだし。

 ──贈り物だって、ずいぶん久しぶりな気がする。

「……贈り物」

 贈り物を貰ったら、そう、お礼をしなくては。こちらも何かお返しを贈るとして、昴の欲しいものは分からないから、また明日以降……たくさん、話をしよう。

 彼に喜んでもらうには、彼のことをもっと知る必要がある。

 ──もっと、彼を知りたい。

 文乃は火照った頬を拭いつつ、財布に入れたままだった昴の名刺を恐る恐る取り出した。

 この電話番号かメールアドレスに連絡したら迷惑だろうか。やっぱり今度会ったとき、改めて直接聞いたほうが……。

 悶々と悩みながら、歩道橋の階段を下りたときだった。

「──文乃!」