銀色のアタッシュケースに整然と敷き詰められた札束なんて、テレビでしか見る機会はないと思っていた。

 小さな喫茶店の従業員として働く二十四歳一般女性である文乃(ふみの)は、初秋にも関わらず滝のような冷や汗をかきながら硬直する。

 退勤したばかりの彼女はセミロングの髪を一つにまとめ、シンプルな紺色のシャツに厚手のカーディガン、踝まである秋らしいプリーツスカートと、ごくごく一般的な装いであった。

 対して、彼女の眼前に現在進行系で大金を見せ付けている不審な男はと言えば、程よく鍛えられた体に仕立てのよいスリーピーススーツを纏い、これまた美しく磨かれた革靴で童話の王子様よろしく文乃の前に跪いている。

 すっきりと開いた前髪の下、どこか異国の香りがする彫りの深い──されど日本人らしい涼しげな顔立ちをした端麗な男は、その淡いアンバーの瞳で真っ直ぐに文乃を見つめて言う。

高良(たから)文乃さん、結婚を前提にお付き合いしていただけませんか」
「ヒッ何ですかこの札束!!」

 我に返った文乃から出た言葉は、悲鳴に近いものだった。