「はぁ〜美味しかった」
お店を出ると、空は薄暗くなっていた。
夜に街を出歩くなんて、悪いことをしている気分。
実際、悪いことをしているんだけど。
「本当にお金、よかったの?」
「うん。半ば無理矢理だし」
確かに。
それもそうだと納得し「ごちそうさまです」と言った。
「つーか、あんな真っ青な顔してたくせに結局うまそうに食ってたな」
ニヤニヤしながらそう言った菱田くん。
もしかしてさっき意味ありげに見てきたのはそれを言いたかったからか。
「食べ物に罪はないでしょ」
と、私が言うと菱田くんは「リアルにそのセリフ言う奴いるんかよ」と笑った。
「でも、何かすっごく美味しかった。坂井さん、もしかしてすごい人?」
私が少し興奮気味にそう言うと、菱田くんはしたり顔で答えた。
「普段やんないことやったからだろ」
「…?なにそれ」
「ハメ外して食べる飯はいつもより美味しく感じるってこと」
「そんなことあるの?」
「あるよ」
私は俄かに信じがたくて首を傾げたけれど。
確かに美味しかった生姜焼き定食の味が、信じるほかないと思わざるを得なかった。



