菱田くんは、真っ直ぐ私を見て続けた。
「魔が差した?」
ちがう。
いや、ちがわない?雰囲気にのまれたのは確か。
でも。
魔が差したとか、そんな出来心みたいな感情じゃ、ない。
ちがうはずなのに。
どうして何も言葉が出てこないんだろう。
「…それは俺か」
何も答えられない私に、少し困った顔をした菱田くんはそう言い残して席を立った。
私の視界には、食べかけのパン。
「飛香!どうしたの」
戻ってきたやっちゃんが、私を見てそう言った。
「え、泣いてんの?なんで?どゆこと?」
やっちゃんの隣で焦る巻くん。
私はふるふると首を横に振って、残っていたパンを食べた。
やっちゃんはポンポンと私の背中をたたいて、持ってきたヨーグルトを私に分けてくれた。



