今日からの宿泊はベイエリアの五つ星ホテル。
1階には露天風呂があって、クラスごとに決められた時間に入ることができた。
「ふぅ〜、極楽極楽」
やっちゃんがお湯に浸かるとそんなことを言いながら空を見上げた。
「ふふ。おじさんみたい」
私はやっちゃんに続いて体操座りでお湯に浸かった。
「いっぱい歩いたから温泉入れるの最高。てゆーか、菱田大人しくしてたし、普通に楽しかったよね」
やっちゃんが腕にお湯をかけながら言った。
「本当に、楽しかった!いきたい所もほぼ行けたし、満足」
私もやっちゃんの真似をして腕にお湯をかける。
「…飛香さぁ、本当に菱田と何もないの?」
ちょこちょこと私に体を近づけたやっちゃんは、内緒話でもするかのような仕草を見せた。
「ないよ!やっちゃんまだ疑ってるの?」
「えー、だって。誰でも今日1日見てたら思うよ」
「え?」
「自分で気付いてないの?飛香、アイツと喋ってるとき楽しそう」
「え…」
「女の子の顔してる」
「なっ」
「ちょっと顔赤いし」
「ま…」
「それから、」
「やっちゃん!それ以上は…もう言わないで」
私は羞恥心に耐えられず、やっちゃんに背中を向けた。
「あはははっ、ごめんごめん」
やっちゃんはお湯の中をしゃがみながら歩いて私の正面にまた座った。
「素直に認めたら?応援するよ」
修学旅行で誰かの恋バナをするのは旅の醍醐味。
だけどまさかそれが自分になるなんて思いもしなかった。
「……よく分かんないよ。修学旅行っていう異空間が、そんな気持ちにさせてるだけな気もする」
「なにそれ、修学旅行マジック?」
「うん。それに菱田くんに言われたことある。全然タイプじゃないって」
「げ。失礼な男だね」
「でしょ。だから、そういう関係になることはないよ」
「うーん」
納得していないようなやっちゃん。
確かに菱田くんと喋ってると、怒ったり笑ったり感情が忙しくて、それが楽しいのは事実かもしれない。
今日だって、いつものマイペースな菱田くんとはまた違った一面をいくつか見て、少しだけドキドキした。
素直にそんなことをやっちゃんに言えるほどの勇気は無くて、けど、自分の気持ちに気付かないほど鈍感でもない。
修学旅行が終わっても、同じ感情だったら。
きっとこれは、この気持ちは、
“そういうこと”なのかもしれない。



