「菱田ー、お前なぁ」
宿泊棟に戻ると、施設の入り口で学年主任の小林先生が仁王立ちで待ち構えていた。
「ただいまーコバさん」
陰で生徒たちにヤクザと呼ばれている小林先生に、こんな軽口をたたくのは菱田くんくらいだ。
「誰がコバさんだ。こんな時間まで勝手に出歩きやがって……ん?」
小林先生は、菱田くんの背中に隠れていた私を認識すると目を見開いた。
「あ。コイツ返す」
「えっ」
菱田くんはそう言って先生の前に私を差し出した。
「返すってお前、宮原まで巻き込んだのか」
先生は頭を抱えた。
「小林先生、あの…」
生姜焼き定食おいしく食べたし、少なからず私も共犯の意識はある訳で。
ここに戻ってくるまでの間、何と説明しようか色々と脳内でシュミレーションしてたけれど頭の中は真っ白だ。
「1人でサボるより面白いかと思って委員長拉致ったけど、クソつまんなかった」
菱田くんがそう言うと、小林先生の「菱田ー!!!」と怒りの怒鳴り声が館内に響いた。
走って自分の部屋に逃げていく菱田くんと追いかける小林先生。
私はポツンとエントランスに取り残された。
菱田くんが角を曲がる直前に私の方を見て、手でシッシッというジェスチャーを見せたので“さっさと部屋に行け”という意味なんだろうけど。
結局、私だけ何のお咎めもなく済んでしまったことに少しだけ罪悪感をおぼえた。



