記憶を失ってから初めてデートに誘われた。
仕事で何度も来ているが、小春とは来たことがなかった横浜中華街。
組の奴らを何度も連れて来たことのある店で昼食をとった。
恐らく、鉄が小春に教えたのだろう。
俺のことを考えてくれたというだけで、胸が熱くなる。
まだ完全に思い出してない彼女にとって、俺の存在がどんなものなのか分からないが、少しずつでも昔のように近づけたら嬉しい。
気を遣って『今日はいっぱい甘える』だなんて言うけれど。
俺はこんな風に隣りにいれるだけで幸せなんだよ。
人気の雑貨店へと向かっていた、その時。
「仁くん」
「………え」
突然発せられた言葉が、頭の中でリフレインする。
だって『仁さん』ではなく、『仁くん』って。
「詠ちゃんに聞いたんです。……何て呼び合っていたのか」
「……あぁ、そういうことか」
思い出したのかと思った。
いや、呼んでくれただけでも嬉しいけれど。
やっぱり、心は素直な反応を示す。
顔では平静を装っていても、心の中では辛い感情が支配する。
「今日だけじゃなくて、今日から『仁くん』って呼んでもいいですか?」
「え?……もちろん。呼び捨てでもいいぞ」
「さすがにそれは…」
「ハハッ、じゃあ、くん呼びで」
にこっと愛らしい笑みを浮かべた小春は、繋いでいる方の腕に擦り寄って来た。
無理させているのかもしれないが、こうやって形だけでも近づいて貰えることが何よりも嬉しくなる。
何事にも頑張り屋の彼女。
可愛すぎて今すぐ閉じ込めたい。
「仁くん、見て、チャイナシューズ!スリッパとして履いても可愛いよ、絶対っ」
「好きなの選びな。買ってやるから」
「えっ、いいんですか?」
「ん」
敬語とタメ口が複雑に入り混じる。
彼女が必死に努力してくれている証拠だ。



