姐さんって、呼ばないで


それからというもの、うちのクラスは仁さんの指揮官の下、メキメキと腕を上げる。

「いいか?孫子の兵法でも有名だろ。『上兵は(ぼう)()つ』。まずは戦う前に、敵に戦意があるのか知ることが大事だ」
「戦意ですか?」
「あぁ。戦う気があるなら、戦う前にそれを削ぐのが、古来からの鉄則戦術だ。俺らの士気の方が高ければ、相手は怖気づいて戦意を失う。戦う前にして勝利はあるも同然」
「……なるほど」
「視線は逸らすな。ビビッて動揺したと悟られたら、その時点で負けだと思え。未経験で自信がない奴は相手の眼を見ろとは言わねぇ。俺や鉄、主力メンバーの背中を凝視してりゃあいいんだよ」
「おぉぉっ、それならできそう!」
「いかに相手の戦意を削げるか、そこに勝機の鍵はある」

(いやいや、これは抗争でも乱闘でも無いから)
すかさず詠ちゃんが小声でツッコミを入れている。

仁をリスペクトしている岡田くんやクラスメイトたちは、仁の言葉に耳を傾け、時間を見つけては戦術的なアドバイスを受け、実技練習を重ねている。

「けど、さすがだよね。結構個性的な子が多いうちのクラスを、あんな簡単に纏め上げるんだから」
「……そうだね」

彼の人徳なのかな。
たくさんの組員を纏める術は、幼い頃から培われているようなものだ。
言い方は少し雑だけど、的を得ているからなのか、スッと心に入り込んで来る。

鉄さんがよく口にする『筋者(ヤクザ)の中でも、兄貴は金筋(ガチもん)(ヤクザの中のヤクザという意味)っす』だと。
背中を見せたら負けを意味する世界で、守るべき者たちには自ら進んで背中を預ける。

そんな漢気のある人だから、みんなの心を鷲掴みしているのかも。
私はそんな彼をそっと見守っていた。