姐さんって、呼ばないで


男子の列に並んでいたはずの桐生さんが、横沢先生の胸ぐらを掴んだ。

「今、定規(こいつ)でスカート捲ろうとしただろ」
「はっ?」

一瞬でその場の空気が凍り付くほど凄みのあるどすの利いた声で威圧する。
何が起きているのか分からない。

俺の女に手を出すだとか。
校庭に埋めるぞだとか。
理解し難いワードが飛び交っているけれど、一番衝撃を受けたのは、横沢先生の胸ぐらを掴んだ挙句、彼が手にしていた定規を奪い取りそれを先生の喉元に突きつけたことだ。

脅し?
報復??
よく分からないが、私を想ってしてくれたことだけは理解できた。
それが、世間一般常識とかけ離れているということを除いては。

ごくりと生唾を飲み込んで、彼を制止しようとした、次の瞬間。
バシッ。

「ンッ!?」
「いい度胸してんのはテメェの方だっ!周りをよく見やがれっ。ここは学校なんだよっ!(わて)学校(シマ)荒そうなんぞ舐めた真似しやがると、テメェこそ校庭に埋めんぞ」

手にしていた名簿で桐生さんの頭を一撃。
眉間に深いしわを刻んだ最上先生の声が体育館の中に響いた。

「テメェ、いいのか?一発退場で」
「っ……」
「一人や二人辞めたところで、痛くも痒くもねぇ」
「っ……チッ」
「次手ぇ出したら、ペナ(いち)な。(じゅっ)ペナでアウトだから、せいぜい頑張るんだな」

ニヤリと冷笑した最上先生。
現役極道の若頭のいるクラスを受け持つだけあって、堅気ではなさそうな……。

「二人は教室に帰っていいわよ」
「あっ、……はい」
「小春、行こ」
「……ん」

一瞬で元の表情に戻した最上先生。
驚愕するほどのやり取りだったけれど、私を想ってしてくれた事だけは伝わったから。

「先に戻ります」

ペコっと彼に会釈して体育館を後にした。