姐さんって、呼ばないで



「疲れてないか?」
「……少し燥ぎすぎて、既に筋肉痛気味です」
「フッ、そうか」

夕食後に夕涼みをするために、内庭が付いている俺の部屋に小春を呼んだ。

「えっ?……あ、大丈夫ですよ」
「今揉んでおけば、少しはマシだろ」
「っ……」

檜の縁台の上に二人して腰を下ろし、小春の脹脛を脚の上に乗せ、優しく揉み解す。

「サーフィンも、仁さんに教わったんですね」
「……そうだな」

鉄から聞いたのか。
体が覚えていて、サーフィン自体は難なく楽しめた。
その過程が、俺との関りがあったと知ったようで、少し戸惑うような素振りを見せる。

「十五年生きて来て、その殆どを仁さんと過ごして来たんですよね」
「……そうだな」
「それなのに、私は何もかも忘れてしまった」
「……」
「責めないんですか?」
「何でそう思うんだ?記憶を失ったのは事故によるもので、小春のせいじゃないだろ」
「そうだとしても、何らかのきっかけがあったと思うから」
「……」
「そんな気がするんです。大げさかもしれないですけど」
「俺は、全ての記憶を失ってても構わない。小春がまた、俺を好きになってくれれば」
「……っ」
「だから、あまり深く考えるな」
「……」
「過去の小春も、今の小春も。もちろん、これからの小春もずっと見守るし、俺にとったら小春が一番だから」

『極道』という肩書があるだけで、小春は引け目を感じて過ごして来たかもしれない。
それが原因で記憶を失い、思い出したくもないのかとも考える。

だから、無理に俺に合わせようとしなくていい。
俺が幾らだって小春に合わせて生きてみせる。