姐さんって、呼ばないで


詠ちゃんの話によると、彼は退院後すぐに我が家に来たらしい。
けれど、私が事故による記憶障害に陥っていることもあって、両親が距離を置くように話したらしい。

事故による精神的ショックで私が傷つかないように、親心で配慮したのだと思うけれど。

その後、彼は家業である組の仕事が忙しくなり、二カ月前にちょっとした抗争に巻き込まれ大怪我をした。
それが原因で入学が遅れたという。

若頭の恋人だから、『姐さん』と呼ばれたんだ。
ずっと昔から私のことを見守って来た人達。

私はそんな人達の記憶を何一つ覚えていない。

『許婚』だなんて言われても、はいそうですかと簡単に受け入れられるわけじゃない。
そもそも、『超ラブラブ』と言われるほど周りから見ても歴然だっただろうに、彼に愛されていた記憶が微塵もない。

混乱する脳内は、出口の見えない迷路のようで。
何をどうしていいのか、どこに進んでいいのか分からない。

「体育館に移動すんなら、声かけろよ。場所が分かんなくて迷子になったじゃねーか」
「ッ?!!!」
「そうっすよ、姐さん。まぁ、あそこにいる奴に案内して貰ったんでよかったんすけど」

小春の真横に並ぶ桐生さん。
更にその右隣りに手嶋さん。
そして少し離れた所に、明らかに脅されて案内させられたと思われる男子生徒が蒼ざめて立っている。

「あ、兄貴。もしかして、これってバンかけ(職務質問)じゃねーっすか?」
「あぁ、そうみてぇだな。あの(アマ)(担任の最上)、『体育館に来い』って言うから来てやったのに、完全に俺をハメやがったな」
「はっ……(ハメる?)」

小春は隣りで指をポキポキと鳴らす彼の殺気に震えあがる。
本当に極道の人なんだ。
恐怖のあまり手をぎゅっと握り締めた、その時。