鉄に用意させたおやつを小春に手渡すと、小春は嬉しそうにそれを猫にくれる。
「名前は?」
「てまり」
「てまりちゃんね♪可愛い名前」
「……小春が付けた名だ」
「へ?」
「こいつを拾って来たのも小春だよ」
「………そ、そうなんですね」
俺に関しての記憶がないと聞いているが、俺にかかわる全ての記憶を失ったのだろうか。
「名前の記憶はないんだけど、……さっき、学校で猫に傘を傾けてる男の人の記憶はぼんやりあるんです」
「え」
「たぶん、……仁さんだと思います」
「っ……」
てまりから視線を持ち上げた小春は、にこっと微笑んだ。
小春との想い出なんて、腐るほどある。
彼女が生まれた時から一緒にいて、喧嘩もしたし、たくさんの出来事を積み重ねて来た。
それらを紐解くみたいに少しずつ触れていたら、いつか俺のことを思い出すかもしれない。
「あっ、そうだ。宿題一緒にしませんか?」
「宿題?」
「はい。今日出た数学の宿題です」
「いいよ」
小学生の頃から、小春の勉強は俺がみて来た。
医者を両親に持つ彼女は元々呑み込みが早く、勉強だけでなく運動でも結構できる方だ。
俺がそう教え込んだというのもあるが、実際のところ、他の奴に小春の成長を見届けさせたくなくて。
いつだって彼女の成長を見届けるのは、この俺だ。
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次の ニ次関数のグラフの頂点を求めよ。
𝑦 = 𝑥2 + 2𝑥 + 3
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俺の手を借りることなく、すいすいと解き始める小春。
膝の上に乗せたてまりを撫でながら、そんな小春を見つめ、幸せを噛みしめる。
「仁さん、これで合ってますか?」
「ん?………ん、合ってる」
「やった!」



