姐さんって、呼ばないで


GWぶりに小春が自宅へとやって来た。

本当は二人きりでどこかに出掛けたいが、まだ記憶が戻ってない小春のことを思うと、何となく気が引けて。
『婚約を解消したい』とまで言いだした彼女が、記憶を失ったからといって、俺とのやり取りが清算されたわけじゃない。

いつか記憶を取り戻した時に、失っている期間の間に俺が付け入るような真似をしたと分かれば、恐らく逆効果。
男として、そんな腐った真似はできない。

けれど、このままでいいというわけにもいかず。
取り戻せるなら、一日も早く記憶を取り戻して欲しい。
その上で、俺との関係を解消したいというなら、その時にきっちり話し合えば済むこと。

「鉄」
「はい、兄貴」
「例のブツは用意したか?」
「……はい、用意しやした」

母屋に繋がるように建てられた離れ。
表門からは見えない場所に建てられ、北側には雑木林のように木々が茂っている。

「ここで見張ってろ。いいか、誰も通すんじゃねーぞ」
「へい」

一本道のような渡り廊下の端に鉄を立たせ、部屋の中に小春を通す。

「わぁっ!かわいぃ~~っ!!!」

部屋の中に入るや否や小春は目を輝かせ、もふもふの奴を抱き上げた。

約一年ほど前に、雨の日に出先で拾って来た捨て猫。
生まれたばかりの小さなその体は、雨にずぶ濡れで体温を奪われ、瀕死の状態だった。

うちは母親が動物嫌いというのもあって、当初はテカ(子分)の誰かに育てさせようと思ったが、小春のたっての希望で動物嫌いの母親も承諾したほど。
こうして離れを建て、母屋に猫が行かないようにしている。

「こいつの好物だ」