姐さんって、呼ばないで



『桐生組』といったら、近寄りがたい鬼ヶ島みたいな感じかと思っていたら、建物自体は老舗旅館みたいな風格があるけれど、意外にも組の人も優しいし、彼のお母様もとっても親しみのある女性だった。

当然、みんな私のことを知っているし、凄く歓迎してくれて。
正直戸惑いよりも、嬉しさが勝ったほど。

食後に彼の部屋に通された。
何度も来たことがあるはずなのに、一ミリも記憶にない。

どうして私は何も覚えてないんだろう。

「ごめんなさい、忘れてしまって」

過去と向き合おうと思って来たけれど、彼らの優しさに触れて、何も考えられなくなっている。

彼の初登校の日以来の抱擁。
詠ちゃんの話では、たぶんこういうハグは何度となくしてるはず。
けれど、彼に抱きしめられた感触も忘れてしまっただなんて。

詠ちゃんが言っていた。
私を庇って彼が大怪我をしたと。

相手の前方不注意での事故だったらしいけれど、彼がいてくれたからこそこうして生きていられる。
記憶を失ったとはいえ、命より大切なものはないから。

「事故の時の傷って残ってるんですか?」
「……ん?」
「私、額に傷があるんです。事故の時の怪我だと両親が言ってました」
「……ん、知ってる。傷を残すようなことになってすまないと思ってる」
「なんで謝るんですか?仁さんは何も悪くないのに」
「いや、あの日、俺が誘ってなければ……」
「それは違うと思います。記憶はないですけど、私はあなたに逢うために承諾したはずですから」
「……」

額の傷を優しくさすってくれる。
前髪に隠れていて普段は見えないはずなのに、ちゃんと傷の場所を知っていた。