姐さんって、呼ばないで


三週間ぶりに彼女を抱きしめた。

前はこんな風に躊躇することなく、いつでも幾らでも抱き締められたのに。
今は、自責の念のようなものを感じながらそっと抱き締めるだけ。

嫌われたくないというよりも、傷つけたくないという気持ちの方が大きい。

小春の中で何か思うことがあって俺の記憶が消えているなら、こんな風に接触することが毒にも薬にもなるはず。
薬であって欲しいと願いながら、毒であったらどうしようという不安が募る。

けれど、こんなにも近くにいて、触れずにはいられない。

「覚えてないかもしれないけど、俺がこんな風に小春を抱きしめた時は、そっと抱きしめ返してくれた」

心の声を呟くように彼女の耳元に落とす。
すると、ぎこちなくそぉっと背中に腕が回された。

『仁くん』が『桐生さん』呼びに変わり。
手を繋ぐことも、ハグすることも、電話がかかってくることすらなくなり。
目を合わせてもすぐに逸らされ、名前を呼んでも義理で振り向いてくれるのが耐え難い。

けれど、それを伝えて彼女を困らせたくなくて。
ずっとずっと我慢していた。

「仁さんっ」

『桐生さん』から『仁さん』と、下の名前呼びに昇格しただで十分。
拒絶されたり、無視されたりでもしたら、それこそ立ち直れない。

「ごめんなさい、忘れてしまって」
「……小春のせいじゃない、気にするな」
「だけど…」
「今はこうして、小春の傍にいられたらそれでいいよ」
「っ……」

記憶を失ってしまったことへの罪悪感からなのか。
薄っすらと目に涙を浮かべている。