「仁さん、不憫だなぁ」
「っ……」

彼らが初登校して来た日の夜。
仕事を終えた両親と夕食を食べながら、詠から聞いた話を切り出した。

仁さんが許婚ということ。
その彼が極道だということ。
更には私たちは付き合っていて、両親も公認の仲でラブラブだったということ。
そして、事故が遭った日も一緒に出掛けていたということも。

私が記憶を失ったと知り、当然両親はショックを受けた。
私は事故による記憶障害だと診断されたらしい。

通常、事故の記憶だけが抜け落ちる症状や、それまでの過去の記憶がごっそり消える症状が一般的だが、小春のように特定の人物に関しての記憶がさっくりと消えるのは稀のようで、両親も状況を判断して経過観察をしていたという。

無理に引き出そうとして精神的ダメージを受けかねない。
だから、本人が本人の意思で思い出そうとするまで見守ろうとした、ということらしい。

再会したあの日の、彼の切なそうな瞳が頭から離れない。
顔は笑っているのに、心が泣いているような気がして。

過去に彼がどんな風に笑っていたのか、記憶にない。
幼馴染で恋人同士でもあったから当たり前なのかもしれないが、彼は私を『小春』と呼び捨てにする。
けれど、その呼び声はとても優しく温かい声音で、大事に想われているのが伝わってくる。

だからこそ、失ったままではいけない気がして。
焦っても簡単に思い出せるようなものではないのだろうけど。
なぜ、彼の記憶が消えてしまったのだろうか?

記憶喪失に関する本を幾つか読んだ。
精神的ショックによるものと物理的衝撃によるものなどがあるらしいが、何となく前者のような気がする。

「もしかして、彼、浮気でもしてた?」