姐さんって、呼ばないで


「どうでした?買えました?」

教室に戻った仁と鉄二。
目を輝かせて待っていた小春と詠を見据え、深々と頭を下げた。

「すまん、ブツは手に入らなかった」
「姐さん、すんませんっ」
「えぇ~っ、仁さん達でもダメだったかぁ~」

いるだけで存在感がハンパない二人が、深々と頭を下げているのを見たクラスメイト達がどよめき出す。

「だ、大丈夫ですよ!食べないと死ぬわけでもないし、みんなの目があるので、頭を上げて下さい」
「姐さんっ」

小春の優しさに鉄二が申し訳なさそうに顔を歪めた。

「あっ、これ」
「……ジュース?」
「兄貴から、詫びの品っす」
「こんなに?」

鉄二が机の上に両手で抱えきれないほどの飲み物を置いた。
バナナプリンが買えなかった代わりに、自動販売機にあった飲み物を全種類買って来たのだ。

「桐生さん、お気遣いありがとうございます。でもこんなには飲めないので、詠ちゃんと一本ずつ頂きますね。ご馳走様です」
「……桐生さん、か」
「へ?……何か言いました?」
「いや、何でもない」

半年前までは『仁くん』と呼ばれていた。
いつでも可愛らしい笑顔を絶やさず、聡明で快活な彼女が、自分の女だということが本当に誇らしかった。

けれど、記憶を失った小春からは、敬語と苗字呼び。
抱きついて来るどころか、触れて来ることさえない。
常に距離を保とうと、俺の顔色を窺う始末。

自分の感情をぶつけたところで、彼女の記憶が戻るわけじゃない。
むしろ、逆効果になりかねないと彼女の両親から聞かされている。

俺は一体、どうしたらいいのか。