鉄さんが持って来たのはどんぶりに入ったうどん。
具は入ってなくて、お汁と麺のみ。
なんか、いつものとちょっと違う。
どんぶりの中のうどんを見入っていると、がしっと手首が掴まれた。
「小春、おいで」
「え?」
「小春ちゃん、うちの組に入る儀式なの」
「……へ?」
「いつもはこれを食べるだけなんだけどね、今日は二人のお祝いだから、ね?」
……ね?と言われても、全く状況が呑み込めないんですけど。
「きゃっ、……ちょっと」
有無を言わさずというのか。
仁くんに手を引かれ、彼の膝の上に腰を下ろす形になった。
みんなの視線が向けられているというだけで恥ずかしいのに、物凄い数のスマホがこちらに向けられている。
「兄貴」
「サンキュ」
鉄さんが彼に藤色の羽織を手渡した。
「小春ちゃん」
「…はい」
「どんぶりの中には一本のうどんしか入ってないの」
「へ?」
「縁起物だからね。末永く共にという意味が籠ってるのよ」
「……」
「夫婦、力を合わせてってことで、今日は二人羽織りで食べて貰いたいの」
「えぇっ」
「姐さん、縁起物なんで、噛み切っちゃダメっすよ?」
「え゛ぇぇ~っ!」
「一口で収まる量だから、頑張って♪」
聞いてない、きいてない、キイテナイ!!
桐生組のうどんって言ったら、名物と言われても過言じゃないけど。
まさか、盃を交わすのではなく、うどんの一気食いだなんて……。
しかも、注目の的で二人羽織りって。
「掴んだから真っすぐ持ち上げるから、自力で食って」
「何それ?!」
背中にあたたかい息と共に彼の声が。
下手に動かされるよりマシかもしれないけど。
正直、不安しかないんだけど。



