二月上旬。

「姐さん」
「あっ、弦さん、こんにちは」

学校から帰宅し、桐生組に遊びに来た小春。
小春は仁の好物である麻婆茄子の作り方を教わることになっていて、上機嫌なのだ。

脅迫の封書の犯人が、弦が通っていたクラブのホステスだったことをあの後に知らされた小春。
桐生組の人でなかったことに何よりも安堵した。

脅されていた事実は変わらないが、弦を愛するが故に起きたこと。
だから、組長である仁の父親の判断に小春も納得したのだ。

「これ、よかったら…」
「え、いいんですか?」
「はい。姐さんが来ると聞いて、買って来たんで」
「わぁ、ありがとうございます!あとで仁くんと頂きますね」

小春の好きなル・クレールのケーキ。
小春が今日来ると知り、開店二時間前から並んで買って来た期間限定のタルトだ。

「それじゃあ、俺はこれで」

会釈した弦が踵を返した、その時。

「弦さん、待って」
「……はい?」

小春の手がスッと弦の首元に伸ばされた。

「後ろ襟が」
「……あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」

襟を直した小春は、にこっと可愛らしい笑顔を弦に向けた。
天真爛漫な小春が奥座敷へと向かっていく姿を微笑ましく眺めていた、その時。

「小春に手出したら、例え弦さんでも容赦しねぇから」
「……若っ」

くの字になっている廊下のガラス越しに二人のやり取りを見ていた仁。
数日前に恩情を下した時の顔とはまるで別人。

「な、何言ってるんですか、若」
「次ケーキで気惹こうとしたら、指の一本や二本じゃ済まねーぞ」
「……っ」

一回り以上年下だというのに、仁の殺気は尋常じゃない。
極道の落とし前は指を詰めるというのがあるが、仁の視線は手でも足でもない、女遊びが好きな弦にとって大事な部分に向けられている。
あまりの仁の凄みに思わずごくりと生唾を飲み込んだ、次の瞬間。

「冗談だ。寒い中、並ばせて悪かったな。風邪引くなよ」

ハハハッと笑いながら弦の肩をポンと叩き、小春の後を追う。
弦は、仁の優しさと若頭の風格に触れた瞬間であった。