姐さんって、呼ばないで


楽しい思い出も辛い出来事も思い出した私は、彼をキッチンに残してリビングへと。
ポシェットの内ポケットに入れておいた、とある物を取り出す。

手の中にぎゅっと収めて、彼に何て言おうか、数分考えを巡らす。
忘れていたとはいえ、彼の大切な想いが込められているものだから。

「ここに置いとくぞ」
「……あ、うん」

背中越しの彼の声。
いつも通りの優しい声音だ。

「あのね、仁くん」

勇気を出して、彼にお願いしよう。

あの事故の日。
記憶をプツっと切り取られたように切れてしまったネックレス。
昨日修理から戻って来て、母親から貰ったもの。

「これ、つけてくれる?」

ぎゅっと握り締めた拳を彼の前に突き出した。

「……何?」

スッと差し出された彼の手のひら。
大きくて、マメが潰れたような痕があって、少しごつごつとした手。
その手のひらの上にそっと乗せた。

「あ」

一目で分かったよね。
中学生には不釣り合いすぎる高価なネックレス。
石自体はそんなに大きくないけれど、十八歳の彼の誕生日に『俺の嫁さんになって』と言われて貰ったものだ。

無造作にポシェットの内ポケットに入れていたからチェーンが絡まっていて。
それを彼が真剣な目で解いてくれる。

「取れた!」

ホッとしたのか、フッと目元を緩めた。
そして、買ってくれたあの日と同じようにつけてくれた。

「もう失くなったもんだと思ってた」
「事故処理する時に、警察の人が気付いたみたいで、ママが保管してくれてたの」
「そうだったんだ」

彼から貰ったものは他にもある。
何一つ、失くしたりなんてしてないよ。