そんな彼に見惚れていると、有無を言わさす私は階段の一段目に座らされ、その隣に肩が振れるか触れないかの至近距離で佐伯君が腰を下ろす。

その瞬間ふわりと彼から漂ってきた甘い香。
フローラルなのかバニラなのか分からないけど、自然と薫ってくるこの匂いは、普段からお菓子作りに没頭しているが故だろうか。
甘ったるい匂いは嫌いだけど、それとは違う彼独特のフェロモンが混じり合って、不思議と嫌悪感が湧いてこなかった。

「はい。早速だけどこれ食べてみてくれる?」

またもや意識が別世界へと旅立ってしまいそうになる手前。
持っていた紙袋からタッパーを取り出し、蓋を開けてぎっしりと詰められたクッキーを差し出された瞬間、一気に現実世界へと引き戻される。

そこから仄かに薫ってくる甘い香。
吐き気を催すまでには至らないけど、この時点で既にアウトな気がしてならない私は断ろうと思った矢先、彼の期待に満ちた眼差しによってその意思は一気に萎んでしまった。

そして、生唾を飲み込んでから恐る恐るクッキーを掴んでまじまじ眺めると、茶葉が施されているのか。甘い香りと一緒にアールグレイのような香りが漂ってきて、少しだけ嫌悪感が和らいでいくような気がした。

「それじゃあ、いただきます」

何はともあれ、先程から佐伯君にガン見されている状況に多大な緊張感を抱きながら、私は腹を括ってクッキーを口の中に放り込む。

それから暫く黙って咀嚼すると、この前のシフォンケーキより糖度は断然抑えられているけど、クッキー生地独特の甘さは微かに残っていて。

アールグレイの香が頑張ってそれをかき消そうとするも、やっぱり完全に打ち消すことは出来ず、拒否反応が表れてしまう。

「……その様子だと、やっぱりダメなんだね」

そんな私の心境を読み取ってしまったのか。佐伯君は昨日見せたのと同じ、絶望へと堕ちていく表情をしながら項垂れてしまい、またもや多大なる罪悪感が私を襲ってくる。

「ご、ごめんね佐伯君。せっかく昨日夜遅くまで頑張ってくれたのに、こんな反応しか出来なくて」

好みの問題だから仕方がないとは思うけど、彼の努力を知っている以上何とかフォローをせねばと必死に次の言葉を探す。