佐伯君の試食役を担うようになってから早二日が経過。

私の頭の中では未だ帰り際に言われた彼の一言が引っ掛かり、ずっと悶々としていた。

覚悟って何?
辛党である私をぎゃふんと言わせてやるみたいな?
ゲームで言うとステージボス的な私を今度こそ倒してやるぞみたいな?

確かに、徹夜するくらい頑張ってくれたのに、彼の作品をまたもや受け入れることが出来なかった私は、佐伯君にしてみればかなりの強敵なのかもしれない。

もしかして、また彼の向上心に火をつけてしまったのだろうか。

いや。世界中の人から愛されるパティシエになる為には必要なことかもしれないけど、無理をして体を壊して欲しくはない。

そんなことをぼんやりと考えながら、今日もお経のようにつらつらと教科書を読み続ける日本史の授業を聞き流し、斜向かいの席に座る彼の方へ何気なく目を向ける。

すると、佐伯君も集中力が途切れたのか。ぼんやりと窓の外を眺めていた彼と視線がかち合った瞬間、小さく微笑んでくれて、私も咄嗟に微笑み返す。

やば。何だろう。ライブでアイドルがこっちを見てくれた的なこの高揚感。
偶然ではあるけど、授業中に佐伯君と視線が合っただけで、こんなに嬉しくなるものだっけ?

徐々に高鳴ってくる鼓動を抑えながら、若干頭が混乱してきた私は視線を再び黒板の方に向けた途端、ポケットに入っていたスマホが突然震え出す。

授業中なのでなるべく見ないように心掛けてはいるけど、彼と目が合った直後の為、もしやと思いこっそり覗き見したら案の定。

やはりそれは佐伯君からのメッセージ通知で、真夏に溶けていく氷と猫が合体したようなスタンプに“暇”という一言が添えられ、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪える。

あれから彼とちょくちょくメッセージのやり取りをするようになってから、私は佐伯君と大分打ち解けるようになった。

試食の時もそうだったけど、始めはあんなに緊張していたのに彼の柔軟なコミュ力のお陰か。
気付けば距離は大分縮んできて、今では挨拶を交わす意外にも教室で軽く世間話をするところまで進展してきた。

その度に嬉しさが増してきて。

きっと私なんて数ある友人の一部でしかないのに。そもそも友人ですらないのかもしれないけど、ここまで男子と親密になった経験のない私は、これでもかと言うくらい気持ちが舞い上がっていた。