あれはぼくが二十歳になった日のことだった。 ぼくと葵は買ったばかりのフェアレディーに乗ってドライブをしていた。
「ねえねえ、良太。 海岸線を突っ走ってみたいな。」 「じゃあ、行くか。」
免許も取り立てだったし、高校で口説き落とした葵を助手席に乗せて調子に乗っていた。
「朝日が昇ってくるところを見たいなあ。」 「葵がそう言うなら湾岸線を走るか。」
 午前4時。 夏の爽やかな朝だ。
町中から離れていく。 少しずつ青い海が覗いてくる。 そして湾岸線のインターが見えてきた。
もちろん、近道を選んでくるトラックもたくさん居るさ。 容赦なくぶっ飛ばしてくる。
黙って見てれば怖いくらいだよ。 でも今日はフェアレディーのファーストランだ。
(こいつはどれくらい飛ばせるのかな?) まるでさ、悪魔のzに乗ってるみたいだぜ。
葵は少しだけ窓を開けた。 潮風が吹き込んでくる。
 「ようし、行くぞ!」 ぼくは思い切りアクセルを踏み込んだ。
これまでずっと狙い続けていた真っ赤なフェアレディーがエンジンを唸らせて爆走し始める。
周りはいかれたトラック野郎ばかり。 風を切り、時間を切って突っ走っていく。
「どこかで休憩しような。 海も見たいだろう?」 「そうね。 せっかく、ここまで来たんだもん。 海も港もゆっくり見たい。」
いつの間にか、メーターは120キロを指していた。 快調だぜ。
隣のトラックの荷台から荷物が飛んでいくのが見えた。 (当たらなきゃいいけどな、、、。)
1時間ほど走って最初に見付けたサービスエリアに車を入れる。 車を降りたぼくは缶コーヒーを買った。
 「ほらほら、良太 海が光ってる。」 「ほんとだ。 朝日が昇ってきたんだな。」
湾岸西武線を走ってきて海のど真ん中で見た朝日は何とも壮大に感じる。 胸を掬われそうだね。
橋桁に波が寄せては飛び散っていく。 潮風が顔を撫でていく。
普段の生活から離れて何だか別世界に来ている夢を見ているようだった。 そして、、、。

 ぼくは葵とキスをしてからまた車に乗った。 「さて、次のサービスエリアまで走るか。」
「もう少し、休んだほうがいいよ。 疲れてるんじゃない?」 「大丈夫大丈夫。 平気平気。 じゃあ行くぞ!」
葵が止めるのも聞かずにぼくはアクセルをフルに踏み込んだ。
トラックの間を擦り抜けるように飛ばしていく。 トラック野郎たちも剥きになって追い掛けてくる。
車線変更をしながらスピードを上げていく。 気持ちのいいヘアピンカーブを曲がった時だった。
 真正面から差し込む朝日に目を眩まされたぼくは動転してしまった。
そしてぼくらは対向車線のトラックに弾き飛ばされて海へ落ちていった。 一瞬だった。
 次に気付いた時、ぼくは病室の天井をさ迷っていた。 「このままだと助からないでしょう。」
顔を歪めている母さんと父さんが居る。 呆気にとられている妹の満里奈の顔も見える。
「母さん! ぼくはここだよ!」 声の限りに叫んでるのに誰も気付かない。 ぼくの姿も見えないのか?
 「午前8時35分。 今村良太さんの臨終を確認しました。」 医師の静かな声が聞こえる。
それから室内が慌ただしくなった。 ぼくの体が運び出されていく。
「待ってよ! ぼくを置いて行かないでよ!」 やっぱり声は聞こえない。
ぼくはどうしたんだろう? まだ自分が死んだことには気付いていなかったんだ。

 その頃、吉野葵も同じように病室で観察されていた。 その部屋の天井を葵はさ迷っていた。
「なんで? 私に気付かないの?」 葵もぼくと同じように死んだことには気付いていなかった。
 その日の午後、ぼくらの体は家に帰ってきた。 と思ったら立ち寄っただけですぐに祭場へ、、、。
病院で納棺されていたからそのまま安置されてお通夜の準備が始まった。 「何をするんだろう?」
ぼくも葵も同じような思いで成り行きを見守ることしか出来ないらしい。 焦りしかないな。
 当の事故現場では現場検証が進んでいた。 ぼくの車は本線に入ると猛スピードで飛ばしていた。
ヘアピンで直射日光を受けた時、目の前に大きなトラックが居た。 お互いに飛ばしていたのだからぼくの車は簡単に飛ばされてしまった。
歩道の柵も突き破って派手にダイブしたんだ。 一瞬だったから何も覚えていないけど。
朝早かったから歩行者は居なかった。 それだけは不幸中の幸いかもね。
海に飛び込んだぼくらは意識を失ってしまった。 そして真っ暗なトンネルを歩き続けていた。
出てみたら病院だったんだ。 ベッドに寝かされたぼくらが見えた。
(何をしているんだろう?) 不思議な気持ちで上から見ていた。 ぼくも葵も。
そして祭場に運ばれて、人々が集まってきた。 高校時代の友達も居る。
毎日のように喧嘩した健太郎も居るじゃないか。 手を振ってみる。
だけどやつには見えないらしい。 やがてお経が読まれて、、、。
そしたら頭の上で何かが光っているのが見えたんだ。 ぼくも葵も同じだった。
 「明日は葬式です。 その後に出棺となります。 お帰りは4時くらいになりますね。」
父さんたちが誰かと話している。 いよいよ別れなきゃいけないのか?
葵とも離れ離れになるんだな。 そんなの嫌だよ。
葵とは離れたくないよ。 そう訴えても誰も聞いてはくれなかった。

 翌日、祭場から運び出されたぼくらは同じ火葬場で荼毘に付されたんだ。 それを二人でぼんやりと眺めていた。
「焼けちゃったね。」 「そうみたいだね。 もう父さんたちとはお別れだ。」
火葬場を出ていく父さんたちの車を見送りながら、ぼくらは空高く舞い上がっていった。
だからといって何処へ行くのか分からない。 何処へ行ったらいいのかも分からない。
やっと少しずつ自分が死んだことが実感として分かってきたかなって感じなんだから。 そしたら、、、。
 「こちらへ来なさい。」ってぼくらを呼ぶ声が聞こえてきた。 はっきりと大きなその声はぼくらを引き付けて離さなかった。
 「自動車事故で死んだ君たちだね? ここへ来たのはちょいと早過ぎたね。」 男は眉を顰めながらぼくらを見た。
「まあいいだろう。 君たちには3番のゲートを通ってもらうよ。」 「3番ゲート?」
「不服かな? 今更地上へは帰れないんだよ。 火葬もされちゃったしねえ。」 男は皮肉もたっぷりにぼくらを見ている。
無言のまま、ぼくは葵の手を引っ張った。
 3番と書かれた大きな門扉の前に立つ。 怖いくらいに青く澄んだ扉だ。
「君たちは海で死んだんだ。 そのことをしっかりと思い出してもらわなきゃね。」 「思い出すって?」
「そうだよ。 道路から飛び出した後、何をどうしたか覚えてないだろう?」 確かにそうである。
でもあれは一瞬の出来事だったから、忘れるも忘れないもないはず。 「それじゃあ入ってもらうよ。」
ぼくらは大きな門扉を開いた。 そこは何処までも広がる青い世界だった。
ブルーサファイアというのか、エメラルドグリーンというのか、兎にも角にも恐ろしいくらいに透き通った青い世界。
足を踏み入れると底という物が無いことに気付いたんだ。 「体が沈んでしまう。」
「心配するな。 君たちは死んでるんだよ。 浮いてても沈んでても苦しさは感じないはずだ。 だって呼吸もしてないんだからね。」 言われてみればその通りだ。
声は出しているのに呼吸はしていない。 足元から底のほうへ引っ張られているのが分かる。
底のほうに目をやっても果てしなく青い世界が広がっているだけで、他には何も見えない。
「そこは青空圏だよ。 君たちはその中で移住できる惑星を探すんだね。」 ずっとぼくらを見守っていた男はそれだけ最後に言うとフワッと消えてしまった。
 これからぼくたちは何処へ行くんだろう? そしてどうなるんだろうか?