ぼそりと呟いた声は母に聞こえていた。ふとももをぺんと軽く叩かれる。

「朝ごはん、たくさん食べたでしょう」
「うん。でもお腹は空くので」
「食事が出てきてもがっつかないでちょうだいね」

母に厳しく言われ、私は唇をきゅむっと噛み締めた。二十五歳にもなって、コンタクトに食事にと連続で母に叱られている。

そもそも私は最初からお見合いに乗り気ではない。
今時、釣書もなければ名前すらわからない相手と会うなんてありえないでしょう。

どうやら親は私がお見合いを嫌がるから、敢えて詳細の情報を隠しているようだけれど、情報がないほうが胡散臭くて嫌に決まっている。
昨日まで行きたくないとゴネてはみたが、父の仕事もわかっているつもりだ。そういった繋がりに砂をかけるようなことはできない。会うだけ会って断ると言い張って、今この場にいるのだ。

この春に大学の修士課程を出て、希望のメーカー研究職についたばかり。悪いけれど仕事に邁進したい時期に、お見合いなんてしている場合ではないのよ。

料亭の和室から見えるホテルの庭園は五月の新緑に萌えている。
いい天気だ。こういう日は縁側で母校の研究室が出した昨年の論文集でも眺めたいところである。

(お腹空いた。このままお相手が来ないなら、帰って即着物を脱いで、たらこと鮭でおにぎり握って、熱いお茶と一緒にいただこう。それから縁側に寝そべって論文を読もう)

心の中でそう決める。