一方、私は私でやりたいことを見つけていた。
花を活けることより、私は花そのものに興味があった。構造や育つ環境、寄ってくる虫。芽吹いて咲き、実り、枯れていく。植物の生命のサイクルは面白かった。
さらにその花の生育を助け、長持ちさせる肥料や薬剤にも興味がわいてきた。
高校では理系クラスを選択し、これらを研究できる大学へ進学をしたいと両親に相談した。家元は百合が相応しい、私は研究者になりたい、と。
父は百合の才能に気づいていたはずだ。それでも、長女の私が本当に院田流を辞めてしまうのは嫌だったようで、華道を続けることで大学進学を許可してもらった。京都の大学で六年間、私は学業と研究に打ち込むことができたのだ。
さて、話を成輔との関係に戻す。
私は家元にはならないと高校生のときには両親に伝えていた。思えば、成輔にもあの時点で言ってあった。
成輔は幼いころから継続して我が家と交流があった。当時大学生だった彼は『そうなんだ』と明るく答えただけだった。
そういえば、あの頃からだ。成輔が私の前に姿を見せる頻度があがったのは。
高校の門前まで私を迎えに来たり、食事に誘ってきたり。たまに私たちの稽古を見に来ることもあった。
私はそれらの大半を断っていたし、稽古時は無視を貫いた。
花を活けることより、私は花そのものに興味があった。構造や育つ環境、寄ってくる虫。芽吹いて咲き、実り、枯れていく。植物の生命のサイクルは面白かった。
さらにその花の生育を助け、長持ちさせる肥料や薬剤にも興味がわいてきた。
高校では理系クラスを選択し、これらを研究できる大学へ進学をしたいと両親に相談した。家元は百合が相応しい、私は研究者になりたい、と。
父は百合の才能に気づいていたはずだ。それでも、長女の私が本当に院田流を辞めてしまうのは嫌だったようで、華道を続けることで大学進学を許可してもらった。京都の大学で六年間、私は学業と研究に打ち込むことができたのだ。
さて、話を成輔との関係に戻す。
私は家元にはならないと高校生のときには両親に伝えていた。思えば、成輔にもあの時点で言ってあった。
成輔は幼いころから継続して我が家と交流があった。当時大学生だった彼は『そうなんだ』と明るく答えただけだった。
そういえば、あの頃からだ。成輔が私の前に姿を見せる頻度があがったのは。
高校の門前まで私を迎えに来たり、食事に誘ってきたり。たまに私たちの稽古を見に来ることもあった。
私はそれらの大半を断っていたし、稽古時は無視を貫いた。



