── 私にとってすごく特別だったあの時間は、名桐くんにとってどういう位置付けだったのか── 。
名桐くんとはじめて飲んだ時にふと感じた疑問の答えを、十年という時を経て知ることができるなんて、思ってもみなかった。
あの時間を、彼も特別に感じていてくれたこと。その事実が、私の胸をほわっと温かくする。
「集中して考え出すとペン回しする癖とか、見た目に似つかわしくない渋い菓子を好んで食ってるところとか、最後の一個は必ずオレに譲ろうとするところとか。ああやって同じ時間を共有する中で知ったことって、ずっと残るから。だからまたそうやって遠野のこと、少しずつ知っていきたいし、オレのこともそうやって知ってもらえたらと思ってる」
さっきまでとは一転、真摯な色を宿した瞳を真っ直ぐ私に向けて、彼は言った。
「だから十年のブランクはあるけど。オレはまたこうやって、遠野と同じ時間を共有していきたい」
一問一答もいいけれど、そうして少しずつお互いのことを知って、理解していく。
ううん、理解できないことがあってもいい。それも含めて、今の名桐くんだから。
今の名桐くんはこういうことが好きで、苦手で。
そういうことを、一緒に過ごすうちにひとつずつ知っていく中で、私はこれから自分の気持ちと向き合っていく。彼が真っ直ぐに向けてくれている気持ちに、自分なりの答えを出していく。
だからちゃんと知りたい、今の彼のことを。
そして知って欲しい、今の私のことも。
改めて強く思う。
「そのための約束。だけど遠野は遠野のペースで、気が向いた時に付き合ってくれればいいから」
優艶な笑みで最後にそう付け加えた名桐くんは、「── さ、そろそろイルカショー行くか」とそこで話を切り上げた。
〝遠慮しない〟、〝逃すつもりない〟なんて言いながら、結局私の気持ちを置いてけぼりにはしない名桐くんはやっぱり優しい。
「……行こう」
「ああ。このトンネル抜けたらすぐだから」
「行こう、ハブ酒のある居酒屋に、四人で。それから、ポテトサラダも」
「……え、」
「あと、エイの煮こごりも忘れないでね」
私がぎゅ、と手を握り返せば、こちらを向いた彼の涼しげな目元に驚きの色が乗る。
それから眦を下げてくしゃ、と崩れた表情に、今の私の精一杯を正しく理解してくれたのだと知る。
「……ああ。行こう、全部」
ハブ酒以外は二人で、な。
水中トンネルを抜けた先のライトアップされた空間の中で、そう心底嬉しそうに笑った彼の顔は、そのあとのプロジェクションマッピングを駆使した魅力的なイルカショーよりも強く、私の心に焼き付いたのだった。



