「ん?どうした?」
「……あ、いや、なんか名桐くんと当たり前のように次の約束をしてるのが、ちょっと不思議な感じがして」
彼の呼びかけで我に返った私の言葉に、名桐くんが頷く。
「ああ、それは確かに。十年会ってなかったし、あの頃だって、別に待ち合わせて会ってたわけじゃなかったしな」
「そうなんだよね。私も同じこと思ってた。だから会えた時は嬉しくて……」
言ってしまってからハッとする。
私、さっき思い出していた気持ちを無意識に口に出してた……⁉︎
「……嬉しい?」
「……っ、」
慌てて口を押さえるも時すでに遅し。耳聡い名桐くんは、案の定聞き逃してはくれなかった。
驚きに見開かれた双眸が次第にゆっくりと細まり、口元にはいたずらな笑みが乗る。
焦る私の心と呼応するように、イワシの大群がキラキラと鱗を光らせながら忙しなく通り過ぎていく。
「……嬉しかったの?遠野」
「いやっ、今のはなんていうか言葉の綾で……!」
「あの頃、オレと会えるのが?」
「だからっ、」
あの頃名桐くんを待ちわびていた自分を、今さら知られるのはすごく恥ずかしい。
だから言葉の綾だって、そう苦しすぎる言い訳をもう一度続けようとした時。
「── オレは、あの教室で遠野と過ごす時間、好きだったよ」
ぽつり、と静かで優しい声が落ちてきて、私の勢いはぴたりと止まる。
「遠くに吹部の楽器の音とか野球部の球かっ飛ばす音聞きながら、すぐそばで遠野の音聞く時間」
「……私の、音?」
繰り返す私に、まるで当時を懐かしんでいるような柔らかな笑みが返ってくる。
「問題集にシャーペン走らせる音とかページめくる音。あとは、考えてる時にペン回しする音とか」
十年越しに伝えられた意外な事実に、今度は私の目が見開かれる番だった。
「でも、名桐くん両耳にイヤホンつけてたよね?ほら、ジュ・トゥ・ヴ聞いてたでしょ?なのにそんな小さな音、聞こえてた?」
「……途中から、片耳外してたんだよ」
「えっ⁉︎」
「気づかなかった?」
「……そんなの、全然気づかなかったよ……」
「ま、遠野は一旦スイッチ入ると、オレに見向きもしなかったからな。だから、問題を解く思考がそのまま口に出てたのとか、よく聞いてた」
「ちょっ、と待って……。それは無意識すぎて、すっごく恥ずかしいんだけど……⁉︎」
次々と明かされていく事実に、もはや嬉しさよりも恥ずかしさが勝る。
そんな私の反応に、揶揄うでもなくふ、と優しい笑みを浮かべた名桐くんが、繋ぐ手に僅かに力を込めた。
「お互い必要以上に干渉しなくて、でもたまに会話はする。全然何気ない会話だったし、交わした言葉も多かったわけじゃない。だけどその時間が、空間が、居心地良くてオレは好きだった」



