だから私は〝逃げる〟のコマンドを選択する。
……なのに。
「悪いけど、やめないよ」
後ろから追いかけてきた声は甘さを含んでいるくせに、どこか意地悪な響きを持っていた。
鮮やかに咲くデジタル花火に照らされながら、逃げた先には色とりどりにライトアップされたクラゲの円柱水槽たち。
上に下にとゆらゆら揺蕩う様はまるで空に浮いているみたいに軽やかで神秘的で、いつまででも眺めていられそうだと思ったけれど、それを視界に映していられたのはほんの僅かだった。
リーチの違いからか、あっという間に私の目の前に回り込んだ彼が神秘的な光に照らされてゆるりと微笑む姿は妙に色っぽい。
「そうやって、オレの言動にあたふたしてる遠野もかわいいから。遠野がオレに落ちるまで、やめない」
「……っ!」
きゅう、と胸が締め付けられる甘苦しさと、ドキドキと激しく拍動する鼓動に邪魔されてうまく声が出てこない。
「逃がすつもり、ないから」
ゆるりと細められた双眸の中に甘い鋭さをたたえてさらに追い討ちをかけられてしまえば、息が止まりそうになる。逃げてもなお、攻撃の手を緩めてくれる気はないらしい。
円柱水槽はゆとりを持った距離で点在しているから、私たちの周りに人がいないのは幸いだった。
さっきからもうずっと私の顔は赤くさせられっぱなしだけれど、もはや隠す余裕もない。暗く照明の落とされた音と光の織りなすこの空間では、きっとバレることはない、と思いたい。
「ちょ、ちょっとタイム……!」
「……タイム?」
「そう、タイム!」
ここまでで完全にキャパオーバーの私は、両手を精一杯前に突っ張ってそれ以上の追撃を防ぐ。名桐くんには若干怪訝な表情をされてしまったけれど、ここは一旦心を落ち着けて、頭を整理する時間が欲しい……!
そのためのタイムだ。



