その熱を共有していた時間はきっと、とても短い。
でも、体感ではもっとずっと長く感じて。
ちゅ、とやけに可愛らしい音をさせてから、名残惜しそうにゆっくりと離れていく名桐くんをどこか他人事のようにぼーっと眺めながら、唇から分け与えられた熱が急速に頬にまで伝染していくのを感じていた。
「……顔、真っ赤」
「……っ、」
私を映したままの瞳が柔く細まる。
自覚があり過ぎる。
あり過ぎるから、どうかそこは指摘しないで欲しい。
誰のせいだと言いたい気持ちもあるけれど、不意打ちとはまたちょっと違うそれを拒めなかった自分のせいでもあるが故に、迂闊にそう言い返すこともできない。
〝じゃあどうして拒まなかった?〟
今そう聞かれても、困ってしまうから。
そもそも自分は《《拒めなかった》》のか、それとも《《拒まなかった》》のか。
今起こっていることを受け止めるだけで精一杯の混乱を極める頭では、それを精査することはとても難しい。
夏の空が夕焼けを連れてくるには、まだ少し早い時間。
よって、この赤さの原因を夕焼けのせいにして誤魔化すことも不可能だろう。
密室に漂う、甘い空気と不自然な沈黙。
どちらもあの当時のあの教室で、私たちの間にはには一度も漂ったことのなかったものだ。
この上ない気まずさを一人抱えていれば、それらを破ったのは、名桐くんの方だった。
「……一応、まだ仕事中だと言う遠野に配慮はしました」
「ど、どの辺が……⁉︎」
「配慮出来た俺の精神力を褒めて欲しい」
「いや、だから……っ、」
「配慮してなきゃ、こんなもんじゃ済まない」
「……っ、」
もうこっちはさっきから心音の乱れが甚だしくて大変なのに、私のツッコミは華麗にスルーして、そんなにサラッと追い打ちをかけるような爆弾を大仰に落とさないで欲しい。
顔中に尋常じゃなく広がる熱が、もはや抑えられない。
「だから、その顔は困る」
「こ、こまる……⁉︎」
なんて言い草だ……!
こんなゆでダコみたいな顔、私だって引っ込められるものならすぐにでも引っ込めたい。
でも。
「……そ、そんなこと言われたって、コントロール、できると思う……⁉︎」
そんなことができるのなら、とっくにしている。
それに、そもそも赤くなんてなりたくなかったし、できればもっと平然としていたかった。ファーストキスじゃあるまいし、もっとちゃんと、28歳の、大人の女性らしく。
だけど、残念ながら今更それは叶わないから、せめてもと彼の視界から物理的に隠すべく両手で顔を覆ってそう抗議すれば。
「はぁ〜……。もうマジで俺の配慮ムダにしようとすんの、やめてくれる……」
困ったようなため息と一緒に吐き出されたそれと共に、両手の隙間から僅かに出ていた鼻先のやけに近くをふわっと掠めた、アンバーウッドの香り。
次いで、顔を覆っている手の甲をふわりと擽る柔らかな感触と、肩には温かな重み。
嗅覚と触覚。感じたそれらから、視覚を欠いたままでも私の肩に名桐くんの頭が乗っていることを理解する。



