初恋のつづき

低く、艶を帯びた声が鼓膜をくすぐる。

微かにキャッチした、チラリとだけ送られてきた視線にも、ほんの少しの甘さが含まれている気がするのは気のせいか。


……名桐くんが運転中で、本当に良かったと思う。


そんな声と視線を紡ぎ出した彼の表情を正面からまともに食らってしまったら、きっと私は呼吸の仕方を忘れてしまっただろう。


「……ち、」

「違った?」


……一転して、愉悦を含んだ声。

もはや、いくら口で違うと言ったところで名桐くんには通用しない。

もう、彼には全てお見通しのような気がする。

そう悟った私は、観念した。


「……この前から、名桐くんが意識させるようなこと、してくるからでしょ……」

「わざとだよ」

「わ、わざと……」


やっぱり揶揄われてた……!

間髪入れずに返ってきたそれに、動揺を隠しきれない。


「でも、別に揶揄ってた訳じゃない」


心の内を読まれたかのようなタイミングに、


「じゃあ、何で、」


と反射的にクルッと隣を向けば、艶麗な笑みをたたえた切れ長の瞳とかちあった。


「── だって、俺は意識してるから。遠野のこと、《《最初から》》」

「さ、最初から……?」

「そう、《《最初から》》、《《そういう意味で》》」


言いながら、顔だけでなく身体をこちらに向けた名桐くんが、私に向かって手を伸ばす。


「ちょ、ま、待って名桐くん、前!前見て⁉︎」

「もう着いてるけど?」


……いつの間に到着していたのか、車は私のリクエストしたドーナツ屋の隣に併設されている、小さな専用駐車場のうちの一つに綺麗に収まっていた。

車は二台ほど停まっているが、どちらも人の気配はない。


「あ、え、いつの間に……」


我ながら、動揺甚だしい。

あれから10年経って、社会人もすでに6年目になって、何があっても、何を言われても、内心の動揺は隠して落ち着いて対応するスキルだとかそういうものは一通り身につけてきたはずなのに、名桐くんを前にするといつも、どうも調子が狂う。

彼に淡い恋心を抱いていた高校生の頃の、幼かった自分がひょっこり顔をだしてしまうせいだろうか。

……いや、それもあるけれど、一番は10年後の名桐くんが(まと)う大人の色気と、思わせぶりな言動の数々のせいだと思う……。


「── もう結婚していると思って気持ち抑えようとすれば、とんだ誤解だったし」


言いながら、カチ、と自分のシートベルトを外した名桐くんの無骨だけれど綺麗な手が、私の下ろしているミディアムボブの髪をひと束そっと(すく)った。


「え?」