初恋のつづき


── そう。

実は上田さんのダブルブッキングの件は、何と、今回名桐くんによって交渉材料の一つとして使われてしまったのだ。

そもそもの発端は、私がポロッとこぼした一言にあった。

今回の新商品先行発売イベントはアフタヌーンティー形式で行う予定なのだけれど、上田さんにスイーツビュッフェのページを見せてもらったことによって、ふと思いついてしまったのだ。


「イベントの方で出すデザートの一つを、今回発売するリップのカラーに合わせて作っていただいたりすることはできないか」


と。

でも、それに対して上田さんは最初、「うーん……」と難色を示した。


「そのカラーに合わせて一からデザートを作るとなると、予算も変わってきますし、パティシエの方もなんと言うか……」


だけど、そこを名桐くんが明言はしないものの、言葉巧みに今回のダブルブッキングの件を匂わせつつ、予算内で収められそうな方法をいくつか提案し交渉すると、何とか受け入れてもらうことに成功したのだった。

しかも、新色に合わせたノンアルコールのカクテルも一緒に出してもらえるように、さらに要望を一つ上乗せして。

正直、名桐くんの敏腕っぷりには舌を巻いた。


……とまぁそんなことになってしまったので、


『あの、今日はこちらからの突然のご提案を受け入れて下さって本当にありがとうございました……!打ち合わせ時間変更のことは、本当に気にしないでくださいね?たまにあることですから!』


最後に私も改めてそうフォローしてきたのだけれど、上田さんの笑顔には覇気がなく、最後までどこかしょぼん、としたままだったのだった。



「── いや、良い思いつきだったよ。あれは間違いなくゲストにウケると思う」


スムーズに後ろへ流れていく景色を眺めながら先程のことを思い返していれば、くつろいだ様子で窓枠に肘をかけ運転していた名桐くんにそう褒められた。

まさか褒められるとは思ってもみなかったから、


「えっ?あ、う、うん、あり、がとう……」


とちょっと微妙な返しになってしまえば、それに小さく笑みをこぼした名桐くんは、


「── なぁ」


と、今度はこちらに一瞬視線を寄越した。


「ん?」

「ひょっとして、前もあの上田さんから誘われたことある?」

「え?」

「茶とか、飯とか」


唐突にそう聞かれてうーんと思い返してみれば、以前にも何度か、打ち合わせの後食事に誘われたことがあった。


「……あぁ、そう言えば、前にも、」

「……ちっ」


最後まで言い切らないうちに、彼のいる方から小さく舌打ちのようなものが聞こえた気がして、思わずそちらを向く。