初恋のつづき

「こ、こんな良い車初めて乗ったから、粗相のないようにと思って!」


……うん、咄嗟に出た誤魔化しにしては上出来ではないだろうか。

いや、こんな高級なソファー並みに座り心地の良いハイグレードな車に乗るのは、本当に初めてだけども!

そんな真っ直ぐに前を見据えながらの力強い私の返しに、名桐くんが小さく吹き出した。


「ふはっ、何だそれ」

「っていうかこの車、絶対社用車ではないよね……⁉︎」

「ああ、これはオレの。今日はこの打ち合わせ終わったら直帰出来るように、調整して来たから」


私の疑問に名桐くんは悪びれもせず、しれっとそう答えた。


「え、大手広告代理店の課長代理さんが、そんなに早く直帰して大丈夫なの?」


クライアントありきの仕事であるからこそ、休日出勤、残業は当たり前と聞く。

代理店の方とは何かと接点が多いから、そのハードさは想像以上だということも知っている。


「こなさなきゃいけないタスクは全部片付けて来たし、たまにはいいだろ。何かあれば連絡来るし、こういう時のために、普段からみっちり働いてるし」

「こういう時って、」

「あぁ、棚ぼた活かす時?」

「たっ……⁉︎」


サラッと返されたそれに対する私の反応に、名桐くんがまた吹き出した。


「ふはっ。別に取って食う訳じゃないから安心しろ?」

「あっ、当たり前です!」


取って食うって……!

咄嗟にぐりんと運転中の名桐くんの方に顔を向ければ、その横顔が楽しそうに笑っているのだから、何だか悔しい。

昔は無口で無愛想がデフォルトだったのに、再会してからの彼は、意外と喋るしこうして冗談だって言うし、よく笑う。


「まぁ今は仕事中だし、節度は(わきま)えますよ?」

「ぜひそうして下さい!」


でないといちいち名桐くんの言動に振り回されて、私の心臓が保ちませんので!

とはさすがに言えないから、心の中でだけ付け足しておくことにする。



── 再会した名桐くんは、紳士的なようでいて、かと思えば今みたいにそうでない一面も持ち合わせていて。

私はまだ、この十年ぶりの名桐くんのキャラが、いまいち掴みきれないでいる。


だから私は、運転する彼にじとりとした視線を送りながらそれを探るのに忙しくて。


「── まぁ、仕事が終わったら弁える気、ないけどな」


幸か不幸か、最後に小さく不敵に付け加えられたそれは、見事に聞き逃した。