初恋のつづき

「おお、了解。……つーか有賀は何で声がちょっとプリプリしてんの。ここは、相方がエリックくんになってキャピキャピするところじゃないの」


了解、の後サッと周りに視線を巡らせてからこちらへ身を乗り出し、口に手を当てひそひそ囁いた真瀬さんに私は慌てふためいた。


「……ちょっ、何言ってるんですか……!確かに名桐さんは私の初恋の人って言いましたけど、今はあくまで取引先の人っていうだけですからね……!?これから絡むこと多いんですからくれぐれも、くれぐれも!そういう目線では見ないでくださいね……!?」


本当に、あの時真瀬さんにうっかり名桐くんの話をしてしまったことが悔やまれる。やりづらいったらない……!


「ははっ。はいはい、分かってるよ、有賀が公私混同しないヤツだってのは。── で、どうだった?紬出版との打ち合わせの方は」


小声ながらも力強く念押しする私に苦笑した真瀬さんは、自分から脱線した癖にしれっとビジネスモードに切り替えてくる。

こういうところは何か名桐くんと似ているよなぁ……。

なんて思いながらも私もモードを切り替え、気を取り直して「あ、ああ……、はい。特集ページは三ページの予定で、取り上げて貰う商品は── ……」
と報告を再開するのだった。




── うん、公私混同するつもりはもちろんない。ないのだけど……。


この状況、どうしたってやっぱり意識はしちゃうよね……!


待たせてはいけないと、約束の時間の五分前には会社前の歩道に降りて名桐くんが見つけやすいように車道寄りでスタンバイしていれば、程なくしてメタリックブラックのボディが眩しいBMWが私の前に停まった。

そして「お待たせ。乗って」と運転席から身を乗り出して助手席のドアを開けてくれた名桐くんにお礼を言って、車に乗り込んだまでは良かったのだが。

いざ助手席に収まって車が緩やかに発進した途端、急にこの密室具合に居た堪れなくなった。

今考えれば、あの空き教室だって鍵はかかっていなかったとは言え二人きりの密室のようなものだったけれど、それとは広さが全然違う訳で。

しかも、この狭い空間にふわんと溶け込んでいる名桐くんのアンバーウッドの香りが否応なく先週の出来事を思い起こさせるからまた……。


「── 随分大人しいな、遠野。何か緊張してる?」


思い出していたところに隣から声を掛けられて、びくっと肩が小さく跳ねた。