初恋のつづき

「は、はい!分かりました!」

『ちなみに遠野は電車で行くの?』

「その予定です!」

『なら、遠野の会社通り道だから車で拾ってく。で、軽く車内ですり合わせしておこう。ホテルまでは順調に行けば二十分も掛からずに着くだろうけど、念の為十四時二十分に会社前で。OK?』 

「お、OKです!では、それでよろしくお願い致します!」

『ん。……ってか、さっきから固くない?』

「いや、だってこれは仕事の電話ですから……!」


私が口元を隠しながら声を潜めてそう答えれば、ふ、と空気の揺れる気配が伝わって、彼が微かに笑ったのだと気がついた。


『真面目だなぁ、遠野は。オレは今、打ち合わせ時間変更で渋谷都合つかなくなって棚ぼた、って思いながら話してたんだけど?』

「……へ!?」


ところが私のその間抜けな声に、今度は電話越しでも分かりやすく悪戯な笑みをこぼした名桐くんは、


『では、《《そういうことなので》》よろしくお願いしますね、《《有賀さん》》』


最後の最後でちゃっかりビジネスモードに切り替えて、そのまま渋谷さんに電話を戻すことなく通話を終えてしまったのだった。


……今の、さり気なく強調された〝《《そういうことなので》》〟というのは、一体どこに掛かっているのだろうか。

〝渋谷さんの代理で名桐くんが来る〟というところ?

それとも、まさか〝渋谷さんの都合が付かなくて棚ぼただと思っている〟というところ……?

……そもそも棚ぼたって、それじゃあまるで名桐くんが私と二人で打ち合わせに行けるのが嬉しいみたいな……。

い、いやいやいや!

ガチャン!

私は不通音しか聞こえなくなった受話器を勢い良く定位置に収め、ブンブンと音が出そうなくらい首を横に振った。

真面目に捉えちゃダメなヤツだ!先週のアレといい、絶対私のことを揶揄ってるでしょう、名桐くん!

全くもう……!と不覚にも赤みを帯び掛けていた頬の熱を「ふぅ……」とため息で逃してから、私は気を取り直して課長席でパソコンに向かっていた真瀬さんに報告を入れに行く。


「── 真瀬さん!十四時からのルナアーラホテルとの打ち合わせ、先方の都合で十五時からに変更になりました。それに伴ってイベントプランナーの渋谷さんが同行不可になってしまったので、代わりに統括マネージャーの名桐さんが同行してくれることになりました!」