「戻りましたー!」
 
「……あ、有賀さん!」
 
「ん?」


── 翌週。

女性ファッション誌『dearncy(ディアンシー)』からうちの商品の特集を組んで貰える話が来ており、その打ち合わせのために出向いていた紬出版から戻ったところ。

私を視界に入れた一年目の後輩、清水 沙織(しみず さおり)ちゃんから小さく呼び止められ、そちらへ向かう。

受話器の送話口を手で押さえている様子から、恐らく私宛の電話を受けているのだろう。

すらっとした長身にショートカットが良く似合う美人な彼女は割とさっぱりとした性格で、入社してからまだ三ヶ月しか経っていないにも関わらず、電話の応対から少しずつ任せ始めた仕事に至るまで、全てを落ち着いて卒なくこなしてくれている期待のルーキーだ。

故に私を入社当時から知る真瀬さんには、漏れなくニシシ、と笑いながら『有賀が同じくらいの時はもう少し危なっかしかったけどなぁー?』と揶揄われたのは言うまでもなく……。

なんて思い出している間に私の戻りを電話の向こうの相手に伝え、少々お待ち下さいと受話器を一旦置いた沙織ちゃんから「お疲れ様です、有賀さん。ルナアーラホテルTOKYO、担当の上田さんからちょうどお電話が。外線1です」と引き継ぐ。


「上田さんから?うん、ありがとう。自分のデスクで出るね」


ルナアーラホテルTOKYOはプレス発表会の際よく使用させていただくホテルで、私より二つ下の担当の上田さんとはもう数年来のお付き合いだ。

今回もいつものバンケットルームを早々に押さえていて、それに加え今回は新色発売イベントの会場として、披露宴会場としても使われることのあるベイビュールームも別日で確保している。

今日は十四時から先方で初回打ち合わせの予定だったのだけど、どうしたのだろう。

自分のデスクに移動して、肩に掛けていたバッグを足元に下ろし腰を落ち着けてから受話器を取った。


「── お電話代わりました、有賀です」

『あ、有賀さん、お世話になっております!ルナアーラホテルTOKYOの上田です。突然すみません』

「いえいえ、こちらこそお世話になっております。今日は十四時から御社で打ち合わせでしたよね?どうかされましたか?」

『はい、実はその件で……。有賀さん、こちらの都合で大変申し訳ないのですが、打ち合わせの時間を、十四時から十五時に変更していただくことは可能でしょうか?』


普段は爽やかなテノールボイスが、言葉通り申し訳なさそうに(ひそ)まる。