初恋のつづき

「── でも、まぁそのくらいの意地悪は、したくもなるよなぁ」


── ところが一転。今度はそんな物騒なセリフと共に、私が名桐くんからじとりとした視線を向けられる番だった。


「え、」

「ちゃんと聞かなかったオレも悪いけど、ちゃんと説明しなかった遠野も悪い」

「な、にを……?」
 

先ほどと同じ静かな迫力を、隣からひしひしと感じるのは多分気のせいではない……。


「名字。〝遠野〟から、〝有賀〟に変わった理由」

「そ、それは、高校卒業と同時にうちの母が亮ちゃんのお父さんと再婚したからで、」

「それ。ってことは、亮太さんは遠野の義理の弟、ってことだよな。で、すでに結婚していてお子さんもいる、と」

「う、うん……」

「……はぁ……。オレ亮太さんのこと、ついさっきまで遠野の旦那だと思ってたんだけど?」


そこで名桐くんの口からこぼれた深いため息のあとに飛び出した予想外の言葉に、頭の中に浮かんだハテナマークたちが、それはそれは綺麗にひとつずつ整列していく。


「だ、旦……!?は、え!?何で……!?」


四つ目のはてなが浮かんで整列したくらいでポカン、と固まっていた私の口がようやく動いて、同時に勢いよく隣の名桐くんの方へ身を乗り出せば、キィ……!とブランコの軋む音が派手に響いた。


「……俺らの年で久々に再会した同級生の名字が変わってたら、そりゃ結婚したと思うだろ、普通は」

「── けっ、こん……!」

「今時、多くはないかもしれないけど指輪してない奴もザラだし?」


……そうか、そういうことか……!


適齢期の女性の名字が変わっているという事象は、世間一般ではそういう風に捉えられるのが普通だった……!

私の名字が変わることは卒業前から決まっていたことだったから、高校の時仲が良かった友達は当然事情を知っているけれど、確かに数年前、中学時代の友達の結婚式に参列した時、久々に会った事情を知らない友達に『千笑も結婚したの!?』と驚かれたことがあった。

席次表の名前が〝有賀〟になっていたからだ。

でもその後お呼ばれしたいくつかの結婚式は高校や大学の友達のものだったから、もちろんそんな説明をする必要はなかったし、あれ以降今回のように私が〝遠野〟であったことを知る人と新たに再会するという機会もなく。

それ故名字が変わった経緯を説明をする機会も、もうここ何年も皆無だった訳で。

私の中でも〝両親の再婚で〟名字が変わったという事実としてしか認識して来なかったから、だからこういう時、〝結婚して〟名字が変わったと思われる可能性があるということを、すっかり失念していた。

もちろん自分が仕事にばかりかまけていて、そういう類のものから離れて久しいということもその一因だろう。


── さっきの〝うっかりにも程がある〟とはつまり、そういうことだったのだ。