故に、突かれた眉間ではなく摘まれていた鼻の方を押(さす)りながら一呼吸置いて恐る恐る目を開くも、目の前に彼はいなくて。

ガコン、と音のした方を振り向けば、私の背後に三歩ほど進んだところにある自販機で、何やら飲み物を購入しているようだった。

そしてもう一度ガコン、という音をさせた後こちらへ戻ってきた名桐くんは、「── 遠野。ちょっとそこの公園付き合え」と、マンションの向かいにある公園を親指でくい、と指して、私にレモンティーのペットボトルを差し出した。


「── え?」  

「あれ、これ好きじゃなかったっけ?じゃあこっちにするか?」


そう言うと、名桐くんが唇の片端を僅かに持ち上げて今度は持っていたもう一つのジンジャーエールを差し出そうとするから、私は慌ててレモンティーの方を受け取る。

食べ物で嫌いなものや苦手なものはないけれど、飲み物の中で唯一炭酸は、舌がビリビリするから昔から苦手。

もちろん飲めなくはないが、だからそういう理由でビールも苦手なのだ。


「あっ、やっ、ううん、こっちで大丈夫、ありがとう……、って、そうじゃなくて……!公園って、だって五分だけ、でしょう?だったらここで、」


危うくナチュラルに公園に行く流れに持っていかれそうになって、ハッとする。

だけど、〝充分〟と続けようとした言葉は、最後まで言わせてはもらえなかった。

なぜなら。


「亮太さんから許可はもらったんだ。今更五分で帰れると思うなよ?遠野」

「── ……!」


── ニヤリと凄艶(せいえん)な笑みを纏った名桐くんに、そう遮られてしまったから。


……十年前は寡黙でポーカーフェイスだった彼は再会してから随分と色々な表情を見せてくれるけれど、無駄に大人の色気を振り撒くのだけはやめていただきたい、本当に。


抵抗する気力は、彼の色香にあてられて瞬く間にシュー、と萎んでいく。

かぁ、と頬に熱が集まる予感がして慌てて彼から目を逸らし、とりあえずもらったばかりの、すでに汗を掻き始めているペットボトルをそこにピタッと当ててクールダウンを試みる。

だけどその腕は、この私の一連の動作がアルコールのせいじゃなくて自分のせいだなんて、全くこれっぽっちも思っていない名桐くんにすぐに捕らえられ。


「── ってことでほら、酔っ払い。強制連行な」

「え、ちょ……っ!」


── その瞬間、まだ始まってもいないアディショナルタイムの延長が、静かに確定したのだった。