ーーそれから、私たちはこの空き教室の中でポツポツと言葉を交わすようになって。

と言っても話し掛けるのは九割五分私からだし、名桐くんはせいぜい喋っても二語文だし、滅多に笑わないし、話す時間だってほんの僅か。

そして終わればまた、どちらからともなくそれぞれの時間の中に戻っていく。


……でも、そんな感じでも。

私にとってそれはとても楽しい時間だったし、良い息抜きにもなっていた。

何よりちょっとだけ名桐くんとの距離が近づいたような気がして、それが何だか嬉しかった。


ーーなぜ自分がそのことを嬉しく思うのかも分からないままに、このままこの時間がずっと続いたらいいのにな、なんて。

深く考えもせずに何となくそう思っていた、その一週間後。



私は知ることになる。



どうして彼が放課後、わざわざこんなところに来ていたのか。

いつも、彼が何を見て、何を思いながらこの曲を聴いていたのか。


そして、気づくのだ。


それを知ったことによってチクリと痛んだ胸に、いつの間にか自分の中に芽生えていた、初めての感情にーー。



突然自覚した、そんなままならない気持ちを抱えながら過ごす空き教室。

二人だけの秘密の放課後。




ーーその場所が、ついに先生に見つかって使用出来なくなってしまうのは、それからしばらくあとのことだった。