「真瀬さん、プレスリリース用の原稿データの直し、今送ったのでチェックお願いしても良いですか?」

「おお、さすが仕事が早いな、有賀は。オッケー」


私、有賀 千笑(あるが ちえ)が大学卒業後から勤めている
spRING(スプリング)〟は、創業四十五年を越える大手の化粧品メーカーで、都心の一等地に十二階建ての自社ビルを持つ。

スキンケア用品やコスメを中心とした低価格帯のブランドと高価格帯のブランドの両方を展開しており、昨年度の国内シェアは、第一位と僅差の二位となった。

その広報宣伝部に所属している私の主な仕事内容は、プレスリリースの作成や取材対応、広報物の制作や管理、WebサイトやSNSの運用など多岐に渡るが、そのどれもがうちの商品を広く世間にアピールする役割を担っていて、入社から七年経った今でも日々勉強、試行錯誤の毎日だ。 


梅雨明けまでは残念ながらまだしばらく掛かりそうな七月上旬。

私はついさっきまで親の仇ばりに睨んでいたパソコンの画面から顔を上げて、部長である真瀬さんに声を掛けた。

五階にある広報宣伝部は、対向式のデスクレイアウトで二つの島からなる。

そしてちょうどその二つの島の先に部長席が設けられていて、私の席は部長側の一番端のため、身体を捻って少しだけ声を張れば届く距離だ。

御歳(おんとし)三十三歳の真瀬さんが、若くしてその功績を認められ部長になったのは今年の春のことなのだけど、本人は〝部長〟と呼ばれるのがどうにもむず痒いらしく、それ故うちの部ではそのまま真瀬さん呼びで定着している。