「ここで、何してんの」


そんな私に視線を固定したまま、中まで進んで来て彼が聞く。


「えっと、この時期は図書室も自習室も満席のことが多いからここで受験勉強を……。名桐くんは?」

「……あー……、隠れんぼ……?」


「かっ、隠れんぼ……⁉︎」


あの名桐くんの口から出てきたとは到底思えない単語(しかも言っている本人がなぜか疑問系)に、私の調子っぱずれのおうむ返しが二人だけの静かな教室に響いた。


名桐くんは、男女関係なく基本誰に対しても塩対応なことと、その整い過ぎた顔の造形故に周囲に冷たい印象を与えていた。

その上見た目が不良とくれば、もう近寄りがたいオーラがバリバリで。

だから、誰かとつるんでいるようなところを私は見掛けたことがないのだけれど……。


そんな彼が、一体誰と隠れんぼを……?


でも、ふと思い当たる。

彼に好意を持っている女子たちは大抵彼を遠くから眺めていることが多い印象だけれど、一部の肉食系女子からは結構ガンガン来られているところを目撃したりする。

もしかしたら、名桐くんと一緒に帰りたがっているそういう女子たちをやり過ごすための〝隠れんぼ〟なのかもしれない。


「オレ、邪魔?」


そんな風に勝手に解釈して辿り着いた答えに一人納得していれば、不意にまた問いかけられて私の肩が跳ねた。


「あっ、ううん!私集中力すごいの。一度集中すると周り気にならなくなるから大丈夫!むしろ、私の方が邪魔じゃない……?」

「邪魔、じゃない」

「そ、そう?」


び、びっくりした……。

一瞬邪魔って言われるのかと思っちゃった。


それから彼は(おもむろ)に窓際に寄せた机に片足を乗せて座り、シンプルなブラックのワイヤレスイヤフォンをピアスでいっぱいの耳に差し込んだ。

気怠げな雰囲気を纏わせて窓の外に視線を送る綺麗な横顔。

だけど、そこにはどことなく凛とした空気も感じられて。

不思議な雰囲気の人だなぁ、と、そんな横顔をこっそりと眺めてから、私はその隣のいつもの席で、いつものように勉強を再開した。