ーー高校三年、九月。

受験生である私は放課後、たまたま見つけた鍵の掛かっていない四階の空き教室で、一人勉強してから帰るのが日課になっていた。

それを始めるようになってから今まで、この場所が誰かに見つかったことはなかったのだけど、この日、そこに初めての訪問者がやって来た。


ガラッとドアが開き、ビクッとしてそちらの方へ顔を向ければ、横に流した長めの前髪の隙間から覗く切れ長の気怠げな瞳がゆっくりと私を捉える。

 
「名桐、くん?」

「……遠野」


その形の良い薄い唇から、予期せず自分の名前が紡がれて驚いた。


「あ、私の名前、知ってた……?」

「……同じクラスだろ」

「いや、うん、それはそうなんだけど、ね……」


確かに三年になって初めて同じクラスになったけれど、まさか、自分が彼にその存在を認識されていたとは思ってもみなかった。

まず、そもそも彼は自分のクラス自体に関心がなさそうだったし、仮に多少あったとしても、私はクラスの中で可もなく不可もなくな存在で。

逆に彼は学校中でその存在を知らない人はいないほど有名な人。

不良ということを除いても、主にその群を抜いた眉目秀麗さで。

当時の彼には何ていうか、中性的な美しさがあったのだ。


だから、名前を呼ばれて驚いた。