「――私、化粧室に行きたいんですけど……」
「それなら、そこの関係者専用を使うといいわ」
狛犬さんが指をさして、場所を教えてくれた。
「仁愛、行動の場所はわかってる? 終わるまで待つけど」
「みこちゃんが待ってるなら私も」
なにがあっても、狛犬さんと兎野さんはきっと野獣様の味方をする。
ふたりを頼るわけにはいかない。
「ありがとうございます。でも、ひとりで大丈夫です」
やんわりと断ると、それ以上ふたりは私になにも言うことはなかった。
「仁愛ちゃん、気をつけて来るんだよ」
「はい、わかりました」
大牙くんに返答して、化粧室のドアを開けて入ろうとすると――。
「仁愛、大丈夫だから終わったらすぐ来いよ」
そう言って、私に優しいまなざしを向ける野獣様。
昨日まで私のことを毛嫌いしていたくせに……。
私が運命の番だとわかった瞬間、態度を変えてくるなんて……ズルい。
「……えぇ」
ひとことだけ返事をしてから、化粧室に入る。
それから程なくして、外から足音が遠のいていくのが聞こえた。
野獣様に流されてはいけない。
せっかく狛犬さんと兎野さんにきれいにしてもらったのに申し訳ないけど……。
私は自分の平穏のために、素性を隠すわ。
化粧室を出ると、私は4人が向かった場所とは反対の方向へ逃げだした。
でも、このときの私は知らなかったんだ――Ωのヒートがとても危険なことを。