(あっ……!!)

 エレノアはようやく頭の中で、聞いた覚えのある名前と繋がった。聖女の頂点に立つ人で、イザークとの噂を流していたご令嬢。それが、エミリア・バーンズだということに。

(こ、この人が……)

 目の前のエミリアに息を呑み、入口にちらりと目をやる。

「ここは、外からは中の様子が見えなくなる魔法がかかっておりますのよ」

 エミリアはエレノアににっこりと笑って見せた。

(護衛さんの介入は期待出来ない、と。道理で第二隊の人に取り押さえられても彼が入って来ないはずだわ)

 エミリアの説明に、首筋に冷や汗が伝う。

「それで、私に何の御用でしょうか?」

 エレノアは真っ直ぐにエミリアを見据える。イザークの婚約者(・・・)だと自己紹介したエミリアに、嫌な予感しかしない。

 グランに取り押さえられた時に籠を落とし、目の前には果実が転がっている。エレノアは拾いたい気持ちをぐっと押し殺し、エミリアの目的を探る。

「単刀直入に言います。あなた、イザーク様から身をお引きなさい」

 やはりろくな事ではなかった、とエレノアは思った。

「イザーク様には私という婚約者がいたんです。それをあなたが……」

 エミリアは美しく笑いながらも、目の奥には怒りが見える。エレノアはぞくりとしながらも答える。

「それは、私の一存では出来かねます」

 エレノアがきっぱりと告げると、エミリアの瞳の奥がゆらりと揺れた気がした。

(教会糾弾のための仮の結婚とはいえ、まだ目的も達成されていないし、それに……)

 イザークははっきりとエレノアを「愛している」と言ってくれた。オーガストはどうかわからないが、少なくともイザークはこの結婚に真剣でいてくれた。

「それは、王家の命令だからでしょう?!」
「え……」

 エミリアの言葉にエレノアはギョッとした。